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真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7-20

人生における宗教の意味

題「人生における宗教の意味」    
 先日、毎月のように念佛寺の聞法会に来られるお方が次のような質問をされました。 「寺があり法事や供養が盛んになされており、また家にもお内仏がありますし、その他にいろいろな宗教もありますが、いったい宗教というのは要するに何の意味があるんですか」 と。    
 人類の歴史をふりかえりますと、宗教に関わる出来事が多いですし、また国内だけでなく外国に旅行しますと、目立つのはなんといっても宗教的な建造物です。そういうのを見ますと、人間が宗教のために注いできたエネルギーは莫大なものがあります。  
 ある有名な社会学者は、歴史を動かしてきた動機は要するに経済と宗教であると言っています。 経済が人間の行動の動機であるというのは、人間の活動の主な動機は衣食住を確保するためですから、このことは誰の目にも明らかであります。  

 しかし、また人は宗教の問題で行動するというのです。(この宗教のなかにはいわゆる信仰だけでなく思想を含んでいます。)  
 それほど人間に深い関わりがある宗教とは、そもそも私たちの人生に何の意義があるのか、宗教とはつまるところ何なのかということ。これは大きな問題です。今回、この問題を少し考えてみたいと思います。    
 この前の阪神大震災の直後、多くの方が学校などに避難して、そこで不自由な生活を余儀なくされました。報道関係者が、家を失って困窮している人にインタビューをして、それがテレビによく放映されていました。  
 そんなインタビューに答えてある人が「子供は死ぬし、家はつぶれるし、家財は失うし、こんな辛い目をしてまで何で生きていかんならんのか」と、苦渋の表情で語られたのを見たことがあります。   
 この話を聞いていて、この方は単に今の苦しみに対する嘆きを言われただけでなく、その底に〈生まれてやがて死なねばならない人生とはそもそも何であり、生きることに何の意味があり、何のために私は生きなければならないのだろうか〉という人生の根本問題がはからずも語られたことを私は感じました。このような問題は、大きな困難に遭うことによって、人の意識の上にのぼる場合がよくあります。    

 平生、私たちはこのような問いを意識することはめったにありません。そういうことを真剣に考えることもしないで日々が過ぎ去っていきます。ところが、愛する人との死別とか、大病にかかるとか、死に直面するとか、そうした危機に陥りますと、心の底に誰にでもあるこの根本問題が頭をもたげて、〈あなたは畢竟何のために生きているのか〉との問いに向きあうことがしばしばあります。ただ、当面の危機が去りますと、また元のもくあみというか、喉元過ぎればというか、大事なこの問題に答えていこうとしないで、あたかも何もなかったように、多くの人は今までの日常生活にもどってしまいます。いな埋没してしまいます。    
 しかし危機はいつでもチャンスでありまして、この大事な問いに答えを見いだしたとき、今までと違った新しい充実した人生が開かれてくるのです。     

 〈私の人生はつまるところいったい何の意味があるのか〉という問いは一人として実は避けて通れないのであって、それなりに人は意識的にも無意識的にも答えを出しているのです。その答えが、正しいかどうか、真実かどうかは別として。  
   現代の日本人の多くの人が無意識的に出している答えは何かと言えば、  〈この人生に、私が真剣に尋ね求めなければならないような真実などは何もないのではなかろうか〉 という想いではないでしょうか。あるいは 〈人生にとって真実まことなるものがあるかもしれないが、それは確かめられないし分かりもしない。そんな不確実なものを追いかけるよりは、現在に確実なものを手に入れる方が得だ〉 というような想いとしての答えをしているように思われます。   
 それは、「確実なことは六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)に感じられる快感、不快感だけだ」という想いで生きていることだといえます。人間は何を疑っても、快不快の感じは疑いようはないからです。ですから快感を感じるものを求め、不快を感じるものを避けるという生き方です。六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)に感じられないようなもの、目に見えないようなものは、あえて尋ねも求めもしないのです。    
 六根に感じるものとは、たとえば目の感覚で感じられて気持ちのよいものとして、映像、景色、お芝居など。耳で感じられる快感としての音楽。鼻で感じられる快感としての香り。舌で感じられる快感はおいしい物とかグルメ。身(皮膚)で感じられる快感はセックスや温泉、快適な住居など。意識で感じる快感はゲームやスポーツなど。    

 現代の私たちは、このような快感とか快適さを一番に求めて、真実まこと(宗教)とか正義(倫理)というものを軽視する方向に進んできていると思います。その結果が犯罪の増加でありましょう。
  しかも、最近では、神戸の少年の事件のように、人間を、もてあそぶ物のごとくに感じてしまい、殺害しても心が痛まないというような、従来では考えられない事件が大なり小なり起こってきております。ちょっと前の、宮崎被告の少女連続殺人事件も同様です。今回の和歌山のヒ素殺人事件もこのことを感じます。 
  神戸の少年の事件のときに、東大の教育学者の佐藤学氏が「この事件の背景にあるのはニヒリズムである」(朝日新聞)と言われていましたが、私も同感です。  ニヒリズムというのは、自分であれ他者であれ「人が生きること、生きていることにたいした価値も意味もない」という感覚であり、感じでありましょう。ですから押し詰めていえば、面白いから虫や猫を殺すことも、人を殺すことも差は感じられないことになってしまいます。自分の快感や快適さのために、人を殺すことに心の痛みが無くなってしまうのです。

 こういうニヒリズムの心情がこれらの事件にことにあらわな形として現れました。しかし、「人が生きていることはたいして価値も意味もない、ただの物と変わらない」という心情は今の社会に次第に蔓延しつつあるのではないでしょうか。ですからこうした犯罪が大なり小なりこれからも起こって来ると思います。  
 このようにして、確実なのは〈快適か快適でないか〉〈快いか不快か〉を基準にして、快適で快楽を与えてくれるものを求めていく快楽主義と、「人生には心して求むべき真実なるものとか尊厳な価値などというものはない、人生そのものに尊い意味など感じられない」というニヒリズムと、驚くべき犯罪が次々と起こってくる事とは底でつながっているのではないでしょうか。    
 「どんな人も、真実まことにから、真実まことに目覚めるようにとの願いをかけられ、真実まことに生きるべく定められた尊い存在である」というのが、浄土真宗の人間観です。これはただ真宗だけの特別な人間観ではなく、人としての普遍的な真理であると思います。キリスト教でもこの点では同じだと思います。    

 感覚的に確かめられるものしか信じなくなった現代人が享楽主義やニヒリズムに落ち込んでしまうのは必然であり、その裏は宗教的なものを求めなくなっている無信仰な時代なのです。  
 しかしもう一つの問題は、こうした現代人の状態に、疑問を感じて、宗教的なものを求める若い青年が真実の宗教の門を叩かずに、返って人を破滅に至らしめるような偽宗教にたぶらかされる人が少なくないのは、残念なことです。オームの事件はこのことを私たちに痛切に知らせました。    〈人生に求むべき真実などはないのではないか〉と思っている人々に、釈尊は「ある」と答えられ、その真実を法として説かれました。それが釈尊(仏)の説かれました仏法であります。  その法はいろいろな表現で説かれましたが、浄土の教えでは、阿弥陀仏の本願のはたらき(如来の本願力)といわれています。この本願のはたらきについて、釈尊が詳しく説かれた経典が仏説無量寿経です。「ここに真実まことあり」とのメッセイジーであります。    
 このまことを聞き続け、それによってまことの人生と確かな安らぎを見いだしてきたのが真宗門徒であります。それゆえ「仏法聴聞せよ」という伝統が今日まで真宗門徒の一番のたしなみになっています。  

 江戸時代の中期に出た妙好人に六連島----むつれじま。下関の近くの島----の「お軽」(1801~1856)さんという女性がいました。この方は主人の浮気の問題で苦しんだのが縁で、真宗の教えを熱心に聴聞し、それによってまことの信心を得、幸せな生涯を送られました。そしてその喜びから作られた歌が「おかる山行きうた」として残っています。その一節に
 『おかるおかるとゆり起こされてあいと返事もあなたから  きいてみなんせまことの道を無理な教えじゃないわいな   まこと聞くのはお前はいやか 何がのぞみであるぞいな 』

  とあります。「まこと聞くのはお前はいやか」と私自身に今にも仰せくださっているように聞こえます。「何がのぞみであるぞいな」とは耳の痛い言葉です。    
 さて、「宗教は私の人生に何の意味があるのか」という根本的な問いにたいして、経済も科学も答えることは出来ません。
 経済はこの世を生きる道具としての衣食住を確保するのが基本的な領域です。科学技術は人間生活を便利にし、その中で医学は病気を直し、健康をもたらすことに効果がありました。  
 しかし「私はなぜ生きなければならないのか」「生きることに何の意味があるの」という問いには科学も経済も答えることが出来ません。  この問いにたいして「人は真実そのものから働きかけられ、真実そのものにあうべく定められており、その真実に 生きるべく求められている尊い存在」であることを告げ、人生全体を真実の意味あらしめるものが宗教、まことの宗教であります。   
                (了)  


  「真宗聖典講座」
『親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとの仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり』                (歎異鈔第二章)   

(第六講)    
 先月は、「よき人」について述べました。今回は、よき人の「仰せをかぶりて信ずる」という箇所について述べてみます。  
 「よき人の仰せ」の内容は、ここでは大無量寿経に説かれました阿弥陀仏の第十八願の思し召しであり、それを最初にこの世でお説き下さったのは釈尊です。その釈尊の説法を代々の高僧方が、その時代の問題をになって、第十八願の思し召しを了解し、明らかにして下さいました。そして日本において、法然聖人がおでましになり、第十八願を「念仏往生の願」として、全ての人に平等に、お念仏の救いをお説きになりました。その法然聖人の仰せが、この歎異鈔第二章のよき人の仰せであります。したがって、仰せの内容は第十八願すなわち念仏往生の願であります。    

 我が親鸞聖人は、法然聖人から直接この仰せをお聞きになって、如来大悲のあまりに深いことに驚かれました。姿は人間法然でありましたが、師の口より出ずるみ言葉は、阿弥陀如来直々の仰せと受け取られたのだと思います。  
 比叡山でどんな修行をしてみても、一つとして末通らず、いかにしても仏の悟りに近づくことが出来ない、そんな絶望の我が身にはからずも久遠の昔から、どうしてみようもなく無窮の闇にすべりこんでいくしかない身を可愛そうだと思し召して、五劫に思惟をかさねたまい、永劫の修行をこの私に代わって成し遂げて、いまここに「汝、我が名を称えよ、助けるぞ」と喚びかけたもうみ言葉を聞かれた親鸞聖人でありました。もうそこには、理屈も何もない、あまりの有り難さに、大悲の仰せを、頭からそのまま水をかぶるように仰せをかぶりて、仰せのままを信ずるほかには何もなく、また不足もなく、仰せ一つに腹がふくれ、大満足されたのでした。    
 本願を信じる手前において、「なぜ助かるのか」を調べようとしたり納得しようとはからうのは、私の側にまだゆとりがあるからです。それは、信じてから調べたらいいのであります。大阪から東京行きの新幹線に乗るのに、〈どうして動くのか〉を十分納得してから乗ろうとするなら、何ヶ月研究して調べてもなかなか素人にわかるものではありません。それなら長期間たっても東京には行けません。研究して納得したいのなら、まず乗ってから調べたらいいのです。調べ終わらぬ内に東京に着きます。  
 「なぜ念仏で助かるか」を調べて納得しようというのは、まだ死なぬといういのちのゆとりがあるからです。今晩にも死ぬかもしれぬとなったら、そんなことを言うておれません。    

 さて次に、仰せとは言葉であります。「仰せをかぶりて信じる」とは言葉を信じるのであります。  
 言葉を通して私どもは阿弥陀仏の慈悲にふれ、阿弥陀仏にであうのであります。言葉を無視したり、軽視しては阿弥陀仏のお心に触れることは難しいと思います。  
 阿弥陀仏を直接に知ることは極めて難しいし、知られた仏がまことの阿弥陀仏かどうかの不確かさがあります。それゆえ一番確かな道は、仏の言葉を通して阿弥陀仏にであう道であります。    

 大正・昭和期に、「念仏の信心」を唱導された梁瀬斎聖師のつぎの一文は、この点で教えられます。 『私は天性蒲柳の質で、青年期にはつねに薬に親しみ、とうてい長命をたもちがたきものと観念するほど病弱であった。そのため、たえがたき悶えが縁となって、生死の問題については人一倍の苦悩をつづけたのであった。
 しかしながら、生死の問題は、千古の難関であるだけに、容易に解決しえるはずがなく、ずいぶん永く苦悶の生活をつづけたのであった。

 が、ある日私は聖覚法印著の「唯信鈔」をひもといた時、 「信心トイウハ、フカクヒトノコトバヲタノミテウタガワザルナリ」 との語が目にうつった時、あたかも空谷で跫音(あしおと)に接したごとく、たちまち目覚めさせられた。このお言葉によって、浄土門の信心は、合理的な研究や、思索によって獲得しうるものでもなければ、生死解脱の要道は、決して凡夫の思慮によって発見しえらるるものではないことに、深く心付かせていただいた。  この上は、すべからく善知識の言葉を通じて如来の御心を体得せねばならぬと決心したのである。あたかも天界の現象が望遠鏡という中項によって初めて我等の視界に入るがごとく、他界の実在や、神仏の存在など人間の感覚を超越した世界は、仏菩薩の言葉を通ずるにあらざれば、とうてい我等の心の世界に、通入しえないことが会得できたのである。それがやがて親鸞聖人の「ヨキ人ノ仰セヲカブリテ信ズルホカニ別ノ子細ナキナリ」と仰せられた態度とも一致した浄土門唯一の道程であると思って、はるかに前途に光明を認めた心地で非常に心強きを感じました』 と述べられ、その後師は親鸞聖人のお言葉に真剣に直参し、ついに聖人の書かれたお手紙のお言葉、 「弥陀の本願と申すは、名号をとなえんものをば極楽にむかえんと誓わせたまいたるを、深く信じてとなうるがめでたきことにて候なり。信心ありとも名号をとなえざらんは、詮なく候。また一向に名号をとなうとも信心あさくば往生しがたく候。されば念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなえんずるは、うたがいなき報土の往生にてあるべくそうろう」 にであって、 「宿年の疑団はこの時、釈然として解け、往生の大道はたんたんとして私の面前に展開され、踊躍歓喜禁じえぬ喜ばしさにあうことを得ました」 と述懐しておられます。  

 この師の信仰告白は、仏の言葉を通して、私どもは仏の救い、大悲のお心に接することができることを教えてくださいます。  
 なお「唯信鈔」は、親鸞聖人がご門徒にしばしば読むことを勧められたもので、聖人はこの「唯信鈔」を極めて尊い書とみておられます。  
 この梁瀬師の一文は、重要だと思います。宗教とは有限なるもの(人)が、無限なるもの(神または仏)に一致する、いわゆる「有限無限の一致なり」(清沢満之)であります。そして、いかにして一致するかはそれぞれの宗教によって違います。  
 私ども浄土真宗はどのようにして、どこで人が仏と接触するのでしょうか。  
 そのことに梁瀬師は長く迷いました。座禅や瞑想をして無限にであうのであろうか。あるいは祈りをすることによって無限にであうのであろうか。それとも断食や回峰行などの苦行によってであうのであろうか。あるいは思索や学問によってであうのであろうか。    梁瀬師は長い間惑いましたが、唯信鈔の「信心というは、ふかくひとのことばをたのみてうたがわざるなり」の一文によって、無限者(仏)にであうのは、言葉によってであうことに気がついたのでした。 梁瀬師は「ことばをたのみてうたがわない」信心において仏とであうことができると気がついたのでした。  
 この場合の言葉とは、悟りの道を知りたもう仏菩薩の言葉です。迷える凡夫の言葉ではありません。仏と人との通路は、はるか彼方の天体の現象も望遠鏡を通して見ることができるように、色もなく形もない真実無限の仏とであうのは、仏の言葉を通してであうことに気がついたのでした。  仏の言葉は、迷える凡夫の頭からつむぎだした言葉ではありません。生と死を一望に見通すさとりの智慧から現れ出た言葉です。さとれる仏が私ども迷える凡夫の領域に相(すがた)を現した、いわば仏が自己限定されたもの、それが仏の言葉です。  
   仏の言葉は具体的には何かといえば、それは釈尊(釈迦仏)の説かれた経典であります。私どもにとっては浄土の三部経であり、なかでも中心は仏説無量寿経であります。    このお経の真意を明確にかつ正確にお伝え下さったのが親鸞聖人であります。聖人の御指南によって、仏説無量寿経の思し召しを、梁瀬師は真剣に、謙虚に、阿弥陀様直々のお言葉として耳を傾け、心を傾けたのでした。そこで初めて、仏説無量寿経の本質である〈弥陀の本願〉に身をあげて、であわれたのでした。それは単なる観念的なであいではなくて、仏との経験的なであいなのでした。  

   弥陀の本願とは一体何かということ、それは聞法をする者がよくぶつかる疑問です。いろんな本を読み、いろんな先生の話を聞いて考えてみるけれども、よくわからないので困るのです。
 梁瀬師もおそらくそうだったのでしょう。ところがともかくも仏の言葉をこそまず第一に聞くべきものであることを唯信鈔によって知らされてから、いろんな先生方のいろいろな話より、なんといってもお聖教そのものの言葉、仏の言葉こそが仏と私との架け橋であることを知って、師はお聖教を中心に学ばれました。そして、弥陀の本願を親鸞聖人が明確にお取り次ぎくださった言葉にであわれたのでした。それは聖人がお弟子の有阿弥陀仏に宛てられたお手紙の一節でした。そこに 「弥陀の本願と申すは、名号をとなえんものをば極楽にむかえんと誓わせたまいたるを、深く信じてとなうるがめでたきことにて候なり」 と、このように明らかにお示しになってあることに、師は気がつきました。  

 すなわち「南無阿弥陀仏の名号をとなえるものを極楽浄土に迎えとらん」という誓いが弥陀の本願でありました。この本願の言葉を親鸞聖人はよき人法然聖人よりお聞きになり、そのお言葉のままを信受されたのでした。「阿弥陀仏はただ念仏申すばかりで助けるとおおせられるゆえ、ほかに救いなき我等はただ念仏して弥陀にたすけられまいらするほかはない」という法然聖人のお言葉に信順されたのでした。その時に初めて光明の人生に出られたのです。  
   このことは大事なことで、次のようにも言えます。私たちが容易に光明の人生を見いだすことができないのは、「ふかくたのみてうたがわない」ほど信頼できる「言葉」が見つかっていないからといえます。 聞法が大事といわれ、幾たびも聴聞せよと勧められて、熱心に聞法を重ねますが、なかなか心が開かれないのはなぜでしょうか。それは聞く量が足りないからでしょうか。それもあるでしょう。どんなことでも大事なことはよく聞かなければ聞き違いをします。ですから何度も聞くことは大切なことです。しかし、それでもなお容易に心が開かれないのはなぜでしょうか。  
 それは〈この言葉だけは全人生をゆだねてもよい〉というほど信頼する言葉が私に見つかっていないからではないでしょうか。  

   いろんな先生方のお話を聞いて「ああ良い話だった」とか「今度の話は感銘しました」とか、そういう話はたくさんありましょう。しかし、極端なことを申すようですが、いろんな先生方の著作を読み話を聞いても、心の底にあるのは実は「疑い」ではないでしょうか。〈良い話だった、感銘した〉程度の話や言葉にたいして、私はそうした話や言葉にどれだけ信頼しているかというと、「そこそこ信頼している」程度です。  
 親鸞聖人が「この人の言葉にだまされて、たとえ地獄へ落ちても後悔しない」というほどの信頼は、まず置いていないのです。ですから〈良い話だった〉程度の話をどれほど重ねても、なかなか光明の領域に出ることは難しいのはないかと思います。突きつめて言えば、私たちはそうしたいろんな良い話を本当は「信じていない」のではないでしょうか。先生方の話やいろんな本を読んでも、心の底には「本当だろうか」という疑いが根になっています。本人にはなかなかそこに気がつきませんが。  

 一度「私にとって、この言葉だけは、この方の言葉だけは、全身をゆだねても後悔しないほどの言葉があるか」と、真剣に自分に問うてみてはどうでしょうか。そうした言葉が何か残るでしょうか。    もし残らなければ、私の経験では、〈この言葉ばかりは全面的に信頼できる〉とまで信頼できるほどの言葉を探すことが一つの道だと思います。少なくとも〈全面的に信頼できそうだ〉といえる言葉をまず見つけることです。    
   梁瀬師は、「私にとって本当に心から信頼でき、たとえだまされてもよいといえるような言葉は何か」と、お聖教にたずねていかれたのでありましょう。    梁瀬師が、そこに見いだされたのは、いろんな先生方やいろんな方の書かれた著作ではなくて、まさにお聖教でした。  しかもお聖教の言葉は多いけれども、なんといっても、大無量寿経のお心を私たちに生涯かけて明らかにされた宗祖親鸞聖人の直接のお言葉でした。親鸞聖人の言葉を解説された誰かの本でもなければ、話でもない、聖人の直接の言葉に梁瀬師は沈潜したのでした。そして見いだされたのが先ほどの有阿弥陀仏への聖人のお言葉でした。

 それはまさに阿弥陀仏ご自身が、師自身に語られるほどの言葉として、親鸞聖人のこの言葉を聞かれたのだと思います。    そのとき「宿年の疑団はこの時、釈然として解け、往生の大道はたんたんとして私の面前に展開され、踊躍歓喜禁じえぬ喜ばしさにあうことを得ました」といわれる歓喜が与えられたのでした。                 

              (了)
 

真宗大谷派 念佛寺

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