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真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7-20

身をいとう

題「身をいとう」


一、聖光坊の話  
 親鸞聖人は法然聖人のお弟子ですが、同じ法然聖人のお弟子に今日の浄土宗の派祖となった聖光房(弁長)という方がおられます。聖光坊について「口伝鈔」には次のような話が伝えられています。  
 聖光房は、法然聖人の下で浄土の教えを学びましたが、二・三年学んだ後、故郷の九州に帰ろうと思い立ちました。京都で集めたたくさんの仏教書をカゴに入れて肩に背負い、法然聖人の前に出て、おいとまごいを申しました。そして出かけようとすると、うしろで聖人が 「 ああ惜しいことだ、仏法を学ぶ者がモトドリ(たぶさ)も切らないで去ってゆくのは」 といわれました。それが聖光房の耳に入り、 「どうしてそのようなことを仰せられるのですか」 と師にたずねました。法然聖人は 「法師には三つのモトドリがある。いわゆる勝他(他者に勝つ)、利養、名聞である。三年の間学んだ法文を集めて、故郷に帰って学問で人々を屈服しようとする。これが勝他である。すぐれた学者といわれたいと思う。これが名聞である。名声を得てお布施をもらおうと願う、これが利養である」 と言われました。それを聞いて聖光坊は自分を恥ずかしく思い、カゴに入れていた書物をすべて焼き捨てました。  

 このような話が伝えられていますが、この法然聖人のお言葉は今の私どもえの厳しい批判でもありましょう。    物事を習い学ぶことは推奨されています。しかし、私たちが学習する心根には勝他、名聞、利養という煩悩があるのではないでしょうか。  
 学校で勉強するのは何のためでしょうか。世間でいう「いい学校」に行きたいためであれば、それは勝他であり名聞の心であります。受験競争に勝ち、人に勝って上にいこうとするのはまさに勝他であり、それによって「彼は有名な○○学校出身」だというような名声を得ようすれば、それは名聞でありましょう。また有名校出身であれば高収入を期待できるからとなると、これは利養(利益)を求めることになります。  勉強したり習い事をすることはいいことでしょうが、その下心にはこのような野心(煩悩)が潜んでいることを思うのです。  


二、凡夫の生活にもある煩悩  
 この三つは、「学ぶ」ところにある煩悩というだけでなく、凡夫の生活につきまとう煩悩だと思います。「人に負けたくない」「人よりも優位に立ちたい」という勝他の心は生涯つきまとうようです。また「有名になりたい」「人に善くと思われたい」という心は名声(名聞)を求める心といえましょう。この煩悩も強いことです。「お金をもうけたい」「もっと収入が増えたら」という利益追求の心は利養の心でしょう。  
 そうすると法師の三つのモトドリといいますが、それは我ら凡夫にしみついている根強い煩悩だと思います。  


三、愛欲  
 これに付け加えて、根強い煩悩は愛欲の心であります。 親鸞聖人のお言葉にも 「悲しきかな愚禿鸞(ぐとくらん)、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚(じょうじゅ)の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快(たの)しまざることを、恥づべし傷(いた)むべし」(信の巻) 大意(悲しいかな、愚かな親鸞は、愛欲の海に沈み、名声と財物への願望の山に迷い込んで、浄土に生まれる人々の仲間に入れていただいたことを喜ばず、真のさとりに近づくことをたのしまない。まことにはずべきであり、いたましいことである) といわれています。  
 ここでは名利だけでなく、愛欲の中に沈んでいることを悲しんでおられます。    仏教でいう愛欲とは、広い意味の世間的な欲望をいいますが、この場合は名利にたいして男女の愛のことでありましょう。  
 聖人の最晩年の著作に『弥陀如来名号徳』というのがあります。そのなかで、貪欲について 「貪欲というに二つあり、一つには婬貪(いんとん)、二つには財貪なり」 と説かれています。貪欲すなわち過度な欲求には二種類あるといわれ、そのなかで財貪にたいして婬貪にふれておられます。ですから、名利ーーー名声・財物欲)の大山にたいすれば「愛欲の広海」は婬貪でありましょう。  

 そうしてみますと、勝他(他に勝つ)、名利(名聞と利養)、愛欲というものは、我らが始終求めているものといえます。  「我らの人生生活は何を求めているか」といえば要するに、勝他、名声、財物、性愛といっても過言ではありません。これらにたいして貪欲であります。  


四、罪濁の生活  
 問題は、そうしたものを求める自分の人生生活にたいして、自分がどう感じているかということです。  
 こういう人間の生活や世の中にたいして、「これでいいのだ」「これが当然の人間の生き方である」と肯定している場合がほとんどではないでしょうか。  ところが親鸞聖人は『弥陀如来名号徳』には
 「清浄光と申すは、法蔵菩薩、貪欲のこころなくして得たまえるひかりなり。貪欲というに二つあり、一つには婬貪、二つには財貪なり。この二つの貪欲のこころなくして得たまえるひかりなり。よろづの有情の汚穢不浄を除かんための御ひかりなり。婬欲・財欲の罪を除きはらわんがためなり。このゆえに清浄光と申すなり」 と述べておられます。ここに「有情の汚穢不浄」といわれ、私たちの人生生活が汚れていること、浄らかでないことを表し、それをよりいっそうはっきりと「婬欲・財欲の罪」と仰せられています。

   親鸞聖人は男女の愛欲も金銭への執着もともに罪であり、汚濁であると感知し、しかもそれを悲しんでおられるのです。有情とは生きとし生けるものであり、有情の姿をご自分に見ておられます。ですから、名利、勝他、愛欲に心を奪われている凡夫の生活は罪の生活であり、汚濁の生活であると痛み悲しんでおられ、同時にこの我らの罪濁を除去しようとして法蔵菩薩はご修行下さり清浄光を得られたのであると仰いでおられるのです。  


五、仏陀の悲しみ  
 罪濁の悲しみは聖人の悲しみであり、そうした私たちに対する仏陀の悲しみであります。仏陀の悲しみは仏説無量寿経の下巻にくわしく説かれています。たとえば 「おのおの意を快くせんと欲へり。愛欲に痴惑せられて道徳をさとらず、瞋怒(しんぬ)に迷没し財・色を貪狼(とんろう)す。これによつて道をえず、まさに悪趣の苦にかえり、生死きわまりやむことなかるべし。哀れなるかな、はなはだいたむべし」
  大意(この世の人は皆、自分の心を気持ちよくしようと思っている。いろんな欲望にふりまわされて、真の道理がわからず、怒りや不満に落ちいり、金銭や異性をむさぼっている。このようだから真の平安なる道を得ることができない。そして濁悪な苦の境界をへめぐって、いつまでたってもそこから出ることができない。なんという哀れなことであろうか。大いに悲痛すべきことである) との釈尊の説法があります。
 私たちは現在の生活の姿を浅ましいとも汚いとも罪とも悪とも感じていません。そればかりか「今の生活で何が悪いか」「これが当たり前であってなにもやましいことはない」と肯定しきっています。自分の生活の汚濁を痛むことも悲しむこともありません。  
 ですから釈尊の悲しみ、阿弥陀仏の大悲(大いなる悲しみ)を聞いても何も感じないほどに鈍感になっています。糞便のなかにいるウジ虫は自分のおり場を汚いとも何とも感じておりません。だからいつまでたってもそこを離れようともしないのです。  


六、円智坊の話  
 江戸末期の伏明師の随筆にこんな話が載っています。 「京都の大融寺にいた円智坊という僧侶はもともと大阪の人であった。大阪で、紀伊国屋亦右衛門という大商人のところで奉公していた。彼は正直であったので、主人が百両の資本を与え、彼に商売をさせてやった。彼はそれを元手に稼ぎに稼ぎ、もうけにもうけて、百両を三千両に、三千両を万両に、万両を十万両にした。ところがある日、彼はもうけた十万両をもって主人のところに行き、そっくりその大金を主人の紀伊国屋にゆずり与えて大融寺に出家した。彼の歌に、   『おちてゆく 奈落のそこを のぞきみん いかほど欲の ふかき穴ぞと』 とある。」    円智坊は何を感じて出家したのでしょか。金もうけのために、金の亡者となり餓鬼ともなり、金もうけのために心を鬼にしたこともあったのでしょう。また利権を得るために権力者にへつらって畜生にもなったのでしょう。ある時、そういうことまでして財を得ようとしている己の欲望の底なきことに驚き、その浅ましさに恥じ、行く末をおそれおののいたのではないでしょうか。それで彼は貯(た)めた財産を捨てて出家したのでしょう。    この話は江戸末期のものですが、戦後の経済中心の時代に巻き込まれている私たちのあり方は、出家前の円智坊の姿と重なります。  


七、我が身に罪濁を痛む  
 私の人生、生活、ふるまいが汚れていて罪深いことは、私自身ではなかなか気がつきません。私たちはいつでも「自分はまともである」と肯定したいのです。罪悪を認めることはイヤなのです。  
 そうした私が、にもかかわらずいささかでも「汚穢不浄の生活」をしていることを知らされ、慚(は)じるのは、仏陀の説法を聞くことによってであります。法を聞くことによって少しずつ自分の浅ましい生活をいとい、悲しみ、はずかしく思うようになるのです。    自分の生き様が慚愧(はじる)されてくるところ、そこに阿弥陀仏の大悲のまごころが感受されてきます。  
 今日、仏法が衰えているとよくいわれます。その原因は僧侶の怠慢とか仏教語が難しいとか、寺の敷居が高いとか、いろいろいわれています。  なるほどそういうことも原因の一つでしょう。けれども大きな原因は、今日の私たちが、人生生活の姿を「いたみ、悲しみ、浅ましく思い、慚愧する心」が希薄になってきたからではないでしょうか。  
 そういう心が失われていくところに仏の「大慈大悲の心」を感じられなくなってしまったこと、それが仏法がわからない大きな原因ではないでしょうか。                   
                    (了)      



「真宗聖典講座」
  『親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(源空)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり』                   (歎異鈔第二章)   〈 第二講 〉  


一、若我の本願  
 前回には、よき人の仰せとは阿弥陀仏の本願の内容であり、この場合の本願とは弥陀の四十八願の中の第十八願であることをもうしました。 
   この第十八願を、観無量寿経の教説と真摯なる念仏生活において身読して、「若我の本願」として表したのが、他ならぬ善導大師だったのです。
 大師の著『往生礼讃』には第十八願の思し召しを 「若し我れ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称すること下十声に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ」(若我の本願)とし、続けて「かの仏いま現に世にましまして成仏したまへり。まさに知るべし、本誓重願虚しからず、衆生称念すればかならず往生を得」 と表されました。  
 この文は「よき人」法然聖人に甚大な影響を与えました。法然聖人の一生はこのご文を了解し、この文の心を説かれた一生であったともいえましょう。ここで親鸞聖人が「よき人の仰せ」の内容とは、まさにこの善導大師のご文の思し召しにほかなりません。

   余談になりますが、この若我の本願は法然聖人の主著「選択集」の根幹でありますし、また親鸞聖人の主著「教行証文類」の総しめくくりの後序に、若我の本願が法然聖人からたまわった浄土(真)宗の眼目の言葉として置かれています。こうした伝統を受け継いでいる歎異鈔はこの本願を核としているように思います。  
 なお法然聖人は、若我の本願文について「この文を常に口にもとなえ、心にもうかべ、眼にもあてよ。ーーーこの文は四十八願の眼なり、肝なり、神なり」(ある人に示しての詞)と仰せられています。  


二、本願の起こってきたいわれ  
 では若我の本願がどうしてそれほど重大な言葉なのでしょうか。この文の深きほどを探ることは愚鈍な私の及ぶところではありませんが、先人の導きによってできるだけうかがってみたいと思います。  
 無量寿経によりますと、阿弥陀仏は因位の時、法蔵菩薩として現れ、極めて弘い誓いを起こされました。それは生きとし生けるものを救済して仏陀たらしめたいという願いであります。それを本願といいます。本とはもとということです。阿弥陀仏はもと法蔵菩薩の時に願いを起こされたから本願というのです。さて、すべてのものを仏たらしめる道をどう実現するかを五劫という長い間お考えになり、衆生を浄土に往生せしめて仏陀たらしめようとされました。そして、どのようにして万人を浄土に生まれさせることができるかを思案されたのです。そしてその道が見つかり、それを四十八願として表現され、なかんづく第十八番目の願に、まさに一切衆生の浄土往生を実現する道を示されました。それが第十八願であります。なお第十八願を四十八願の根本の願という意味で本願というのだともいわれます。  
 「いかにしてすべての人を救うか」これは人類永遠の課題であります。多くの聖者や賢人や宗教家や思想家などがこの問題に思案を巡らしたことでしょう。しかし、そのすべては人の頭の中で考えただけの単なる理想でしかなかったのです。  それが単なる願望にとどまらず、実際に万人救済を実現する力としてはたらく、それを法蔵菩薩は思案し、その道を見いだし、現実の力とされました。それが阿弥陀仏の「本願力」なのです。  


三、人間の本質  
 さて、人を救うには「人の本質」を法蔵菩薩は知り尽くさなければなりません。  
 法蔵菩薩の人間観察については、「教行証文類」の「信の巻」(三一問答)に示されているといえましょう。「信の巻」の至心釈には 「一切群生海、無始よりこのかた乃至今日今時にいたるまで、穢悪(えあく)汚染にして清浄の心なし、虚仮諂偽(こけてんぎ)にして真実の心なし」 と述べられています。すなわち、 大意(いつの時も、人の心は悪に汚れきって清らかな心はなく、むなしく、かりそめであり、へつらいやいつわりばかりでまことの心はさらにないのである) と言われています。つぎに信楽釈(しんぎょうしゃく)には 「一切群生海、無明海に流転し、諸有輪に沈迷し、衆苦輪に繋縛せられて、清浄の信楽なし、法爾(ほうに)として真実の信楽なし」 と言われます。すなわち、 大意(一切の凡夫は、ながながと迷いの海に沈みきり、苦しみの世界につながれていて、まことの信心がなく、また真の信心があるはずもないものである) と。 欲生釈には 「微塵界の有情、煩悩海に流転し、生死海に漂没して、真実の回向心なし、清浄の回向心なし」 と説かれています。すなわち、 大意(一切の衆生は、煩悩の海の中で、いつまでも生まれ変わり死に変わりしていて、真実の世界に至りたいと純粋に願い求める心がない) と。  

 人間の心には真実の心はなく真実の信心はなく、真実を願い求める純粋な心がない、ということになるのでしょう。これほどまでに徹底的に人間を否定した言葉はないと思います。    如来のおん眼に浮かんだ人間を、善導大師は「曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなき身」である、ともうされてます。宗祖はご自身を「底下の凡愚となれる身」ともうされ、我ら凡夫は真っ暗な深い海の底に沈んでいる石のような存在であると教えられます。  


四、人間の底の底まで降りて救う大悲あり  
 このような徹底した人間の否定の思想は近世にも現代にもないのではないでしょうか。それゆえ、こうした言葉を聞いて疑いを感じる人もあるでしょうし。あるいは反発を抱く人があるかもしれません。  
 しかし、このような人間観察を底の底まで徹底した上で、そうした一切の衆生を救おうと大悲し、立ち上がってくださった法蔵菩薩。そして一切衆生を救う能力を完成された阿弥陀仏なればこそ、私がたとえ地獄の底に落ちてもなお救いのましますこと。どんなに私が堕落し、落ちるところまで落ちても阿弥陀仏の救いは、なお私の即下に用意されていることを感じないわけにはいかないのです。ここに無窮の大悲を感じるのです。  


五、宗教の違いは人間観の違いに表れる  
 世界にはいろいろな宗教があり、それぞれに「救済」が説かれています。そうした宗教の違い、救済の違いはどこからくるかと言えば、それぞれの宗教が「人間というものをどう見ているか」の違いからくるともいえましょう。  
 法蔵菩薩は「人間に真実はない」「虚仮不実の存在」と見通したのです。真宗の教えの基礎にあるこの人間観は、人間の反省によって知られるものではないでしょう。それは仏のさとりの智慧の眼によって洞察せられたものであります。それゆえ「私はいったいどんな者か」を知ろうと思えば、自分の心を自分で眺めて知られるものではなく、仏の智慧によって教えられる仏の言葉を聞くことによって自分の本質が知られてくるのでありましょう。  


六、真実なき者をどう救うのか  
 さて、「真実なき人間をどうして真実なるもの(仏)にするか」これが大問題であります。  
 真実なき者に「真実たれ」と要求しても無理です。無一文どころか大きな借金を抱えている者に大金を用意せよと求めるようなものです。  
 人間を真実なき者と見た法蔵菩薩は、何一つ「真実なれ」と我々に要求せず、しかもその真実に背く我らの心、穢悪汚染の心を受け取って、これを浄化すべく永劫の修行に立ち上がられたのです。真っ黒によごれた洗濯物を受け取って、汚れを完全に落として真っ白にするように、私どもの濁悪を受け取ってこれを全く浄化しようとして、法蔵菩薩は永劫の御修行をされたのであります。この法蔵菩薩のご苦労こそ、仏因なき私どもに仏因を与えんがためでありました。  
 そして一切衆生を仏に成す徳を実現し、これを私にどもに南無阿弥陀仏として与えようとしておられるのであります。そこのところを先ほどの至心釈の続きに 「一切の群生海ーーー虚仮諂偽にして真実の心なし。ここをもつて如来、一切苦悩の衆生海を悲憫(ひみん)して、不可思議兆載(ちょうさい)永劫において、菩薩の行を行じたまいしとき、三業の所修、一念一刹那も清浄ならざることなし、真心ならざることなし。如来、清浄の真心をもつて、円融無碍不可思議不可称不可説の至徳を成就したまえり」 と述べられています。 大意(我らは仏になれるような清浄な心も行いも真実の心も行いもできずに苦悩の世界にいつまでも沈み込んでいる。それを法蔵菩薩はあわれんで、我らを仏にするために清浄で真実な菩薩の行を永劫にわたって励まれ、一切衆生を浄土に生まれしめて仏に成す功徳を成就された) といわれています。そしてこの功徳を、至心釈の続きに 「如来の至心をもつて、諸有の一切煩悩悪業邪智の群生海に回施(えせ)したまへり」 と述べられています。我らを仏にする功徳を私どもに与えてくださるのであります。

   どのように与えてくださるかというと「これ至徳の尊号をその体とせるなり」と。南無阿弥陀仏の名号として与えてくださるのであります。
 この至心釈が表そうとする真実は、私の凡智では容易にうかがえない、極めて驚くべきまことであります。
 松並さんの歌に  

 親は子に 身も世もかけし 賜を
 あらしの夜半に ねながらに聞く

とあります。名号は如来の「身も世もかけし賜」で あります。すなわち恩徳であります。この恩徳を私に与えて下さるのです。嵐の夜半のような動乱の人生のただ中に聞くのです。名号を聞くままがいただくことになります。念仏を聞くばかりでとは、まことに安くしあげてくださった名号です。行住坐臥いつでもここで手ぶらで賜るご恩であす。まことに「寝ながらに聞く」のであります。  


七、我が名を称えよの勅命  
 法蔵菩薩は、 「若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚」 と誓われました。 (もし私が仏になるときに、あらゆる方角の生きとし生けるものが、私の名南無阿弥陀仏を、たった十辺でも称えるものを、もし浄土に生まれさせることができないようなら、私は仏の悟りを完成しない)。  
 ここに、一切衆生を浄土に生まれさせる道として、「称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚」(我が名号を称えること、下十声に至るまで、もし生まれずば正覚を取らじ)と誓われたのでした。いわば「ただ念仏申す者を必ず浄土に生まれさせる、もしそれができないようならこの法蔵自身が仏にはならない」とのお誓いです。「我が名を称えよ、必ず救う」の誓いなのです。  
 この誓いの言葉の中に、さきほどの至心釈の真実が凝縮されています。「我が名を称えよ」とは、私ども凡夫にチリばかりの清浄真実を求められないのです。なぜなら私どもに清浄真実はないからです。私に真実の慈悲心も慈悲行も要求されません。偽りなき言葉も行いも求められないのです。貪欲を捨てることも怒りを離れることも、ねたみ心を取ることも、惜しみ心を離れることも私の救いのために課せられないのです。また真実の信心を起こすことも、純粋な求道の心を持つことも、真剣でまじめな祈りの心も、深い道理を理解することも、難しい経文を理解することも、求められないのです。  
 私が浄土に生まれるための行は法蔵菩薩の肩に担いたまいました。なぜなら私には真実の心も行いもなしえないのです。少しはできたとしても「仮」であって、一時的な不純なものでしかありません。  

 凡夫を仏にする仕事はすべて法蔵菩薩の仕事としたまいました。その上で「我が名を称えよ」によって、無条件でまるまる救うというお心を表されたのです。ですから「我が名を称えよ必ず救う」は「我にまかせよ、必ず救う」と同意であります。  
   法然聖人が親鸞聖人に「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」と仰せられたのは、この若我の本願の思し召しを申されたのであります。「我が名を称えよ」の阿弥陀仏の仰せは「いずれの行もおよびがたき無知無能の罪悪の衆生ゆえ、ただ念仏のほかに救いなし」を知らしめるものであります。この本願の思し召しの中に、仏に見られた人間の本質、その人間を救う大悲の救いが込められています。   
 「我が名を称えよ」との弥陀の仰せは「それほどまでに無条件に助けられねば助からぬ我が身である」といよいよ自分の無知無能・虚仮不実を知らせて下さるのであり、また知らされればこそ私の全分を受け取りたもう「我が名を称えよ」の仰せが無上に有り難いのであります。                                                                    (了)  
 

真宗大谷派 念佛寺

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