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真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

淨土について

    題「淨土について」  

真宗の教えでは、私どもの人生の方向を「浄土に生まれる人生」といただきなさいとお勧め下さいます。それははなはだ大事なことです。けれども浄土とは何かが漠然としていますと、浄土往生の人生といいましてもよく分からないことになります。そこで浄土とは何かを、今回少しばかりお聖教にそって考えてみたいと思います。  

 「迷えば凡夫、覚れば仏」と言われますように、仏とは完全に悟りを開いたお方であります。悟りとは、事実のありのまま(一如平等)のすがたをありのままに認識したことです。そういう認識した心を仏の智慧ともうします。この智慧の眼に覚知されている領域を仏の浄土といわれるのです。
 仏の浄土について経典にはいろいろと説かれていますが、それは浄土を私ども凡夫に少しでも理解できるようにと、いろいろな譬喩などを交えて仏陀が説いて下さったのです。そこで「仏説○○経」といわれるように「仏が説かれた」ものという仏説の文字が経の題の最初に置かれているのです。私たちは仏説によって浄土がどういう世界であるかを少しなりとも分からせていただけるのです。ですから、浄土を知ろうと思えば、凡夫の書いたものやの凡夫の体験談 によるのではなくて、仏説によらねばならないのです。
 ただ凡夫はどこまでも凡夫ですから、仏陀がお説き下さった浄土の姿を読んでも、浄土について多少のイメージができる程度であって、浄土の姿をありありと了解することはできず、それは浄土に生まれて仏陀と同じ悟りを開いて初めて明瞭に真実の浄土を知るのでありましょう。ですから仏陀が「浄土はこれこれだよ」と経典にお説きになっても、私どもに伝えれるのは、千分の一も伝えられないもどかしいものがあると思います。

   私が二十七年前に初めてインドに行き、四十日ほど各地を見聞しました。その時のインド体験はまことに強烈で日本に帰ってもしばらくは頭がインドぼけしていました。この世界にこんな国があるとは考えてもみなかったという思いで一杯でした。その当時インドにいった人はまだ珍しい時でしたので、身近な人にインドの話をするのですが、話をしても十分の一も実際のインドを伝えることができずもどかしいばかりでした。言葉で表現できない部分が多すぎるのです。それとよく似て、インドのことはインドに行ってみないと本当のことは分からないように、浄土は浄土に行ってみないと本当のことは分からない。  ただしかし、「インドはすばらしい。是非一度行ってごらんなさい」と周りの人々にお勧めすることによって、インドに行ってみたいと願う人が出てくるように、浄土はまことにすばらしい、浄土に生まれたいと願いなさいと釈尊は私どもにお勧め下さるのです。浄土のことはとても十分なことは説き表せなくても、浄土の素晴らしいことを説き、「浄土に生まれようとおもえ」とお勧め下さるのです。  
 それによって、私どもに浄土に生まれようと願う心が起こります。浄土に生まれたいと願いを起こす人たちが生まれることで、お経を説かれた意義はあるわけです。
 さて浄土はそのように仏陀の悟りにおいて感得されている境涯ですから、凡夫の私どもにはなかなか分かりません。ですから、凡夫の私たちが分からないからといって「極楽浄土なんて空想だ」とか「浄土はない」と決めつけるのは早計です。仏陀は「浄土まします」と申され「浄土はあるけれども、凡夫の思うようなあり方であるのではない」といわれるのでありましょう。このことについて、維摩経の仏国品には次のような説法があります。  

  『釈尊が仰せになる。 「シャーリプトラよ、次のことをどう考えるか。日や月は不浄なのか。〈そうではないであろう。〉それならばどうして盲者には見えないのか。 お答えする、 「世尊よ、そうではありません。それは盲者の過失であっても、日や月に過失があるのではありません。」 仰せられる。
「シャーリプトラよ、それと同様に、ある者には、如来の仏国土が功徳をもって飾られていることが見えない。それは彼らの無知からする過失ではあっても、そこに如来の側に過失があるのではない。シャーリプトラよ、如来の仏国土は清浄であるにもかかわらず、おまえがそれを見ないのである。」 ブラフマー神が答える。
「そのように仏国土が不浄に見えるわけは、きっと自分の心に高低があり、仏陀の知に対する意欲が不浄だからです。シャーリプトラよ、すべての衆生に対して心が平等であり、仏陀の知に対する意欲が浄らかである者には、この仏国土が清浄なるものとして映るのです。」 そのとき世尊は、なお人々に疑念があるのを知って、この三千大千世界の上に足の指をおかれた。おかれるや否や、この世界は、無量百千の宝石を集め積み重ねて飾られているものとなった。それはあたかも、宝荘厳如来の世界が、無限の功徳の宝をもって飾られているのと同様であった。それはこの集まりにいる者すべてにとって驚異であり、彼らは自らもまた、宝の蓮華で飾られた席の上にすわっているのを感じたのであった。」        (長尾雅人訳)

 ここで語られていることはおよそ次のようなことです。ーーーー釈尊がお弟子のシャーリプトラに語られます。盲目の人には太陽や月が見えないのはどうしてだろうか。それは太陽や月が汚れて黒くなっているから見えないのだろうか。それとも太陽や月が光っていても、盲人は眼に障害があるから見えないのか。どちらであろうかと。それは言うまでもなく太陽や月のせいではない。盲人の眼に障害があるから日や月が見えないのである。そのように、現在、清らかな仏の浄土が凡夫には覚知できず、汚れた世間しか見えないのは、清らかな仏の世界がないのでもなければ、仏の世界が汚れているからでもない。それは、凡夫の側の心の眼が汚れているから見えないのである。だから清浄な世界があれども、凡夫の無知(迷い)のために分からないのである、と。

 釈尊はさらに疑念を晴らすために、足の指を大地に置いた。すると、無限の功徳の宝で飾られたような素晴らしい世界が現出し、そこにいた人々は驚嘆し、自分が浄土のなかにいることを知った。ーーーー。
 ここで言われていることは、仏陀にとって仏国土(浄土)は現前に展開しており、覚知されている領域であるけれども、凡夫はまだ悟りに達していないゆえに心の眼が汚れていて、それゆえに仏国土を感知することができない。それはあたかも盲人が日月を見ることができないのと似ている。
 また、ちょうど黒色の色眼鏡をかけて見ると世界が黒く見えて、明るい世界は見えないように、迷いの心では光明の浄土は感知されない。黒い色のめがねを外せば明るい世界を感知するように、煩悩の心が無くなれば浄土を現前に感得するでありましょう。
 ですから、浄土とは、地理的な遠い彼方にあるというような話ではもちろんありません。覚りの智慧に知られている真実清浄な領域であります。いわば迷える凡夫の感じている領域とは次元が違うのです。高次元な世界といえましょう。仏教では、凡夫と仏とのレベルの差は五十二段あるといわれています。

   さらにたとえてみると、私たちが感じている池は池の中の魚にとっては住みかと感じています。魚と人間では、同じ池であっても感じ方がまるで違っています。家の中で飼っている猫が感じている家と同じ家に住んでいる人間が感じている家とは、家を同じように感じているかと言えば、当然同じ家でも感じ方が随分違っていると思います。それは感じる感覚(心)が違うからです。人間とネコとは感性のレベルが違います。これと似て、凡夫と仏とは心のレベル(境位)が違いますから、その心に応じて感じられる境涯は違ってきます。凡夫に現れる世界は穢土であり、仏に現れる境涯は浄土であります。 
 では、凡夫は浄土とふれあうことは全くできないかというとそうではありません。浄土の働き(光)は十方の世界に行きわたっていて、浄土の光の照らしていないところはなく、地獄の底まで浄土の光はさしていると説かれています。それゆえ私たちはいつでもどこでも浄土の働きにふれることができるのです。浄土の光に実際にふれることによって浄土の徳をいただくことができるのです。
 浄土と私たちの関係を、「正信偈」の

「日光の、雲霧におおわるれども、雲霧の下、明らかにしてくらきことなきがごとし」(譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇)

 というお言葉に見いだすことができるように思います。  浄土そのもの(太陽)を凡夫は覚知できません。それはちょうど空が厚い雲霧におおわれて太陽が見えないように、煩悩多き迷い心には浄土そのものの風光は見えません。しかし厚い雲や霧がおおっていても、その下は真っ暗ではありません。雲霧を通して太陽の光が通ってくれるから、下はなお明るいのであります。晴天の時のような明るさではないけれど、明るいのであります。夜のような暗闇では決してないのです。それは、太陽そのものは見えなくても、太陽の光が雲霧を通して働いているからであります。  
 そのように、凡夫は迷い心のために、浄土そのものは見えないけれども、浄土の光は今私の上に働きかけています。浄土の光明の端的がお念仏となって、私に現れたもうのです。ですから親鸞聖人は、お念仏を「浄土真実の行」と申されました。私たちの口から申される念仏は、浄土の真実の行(働き)であるといわれるのです。
 浄土は我々に覚知されないけれども、浄土の働きを感じて生きることができるのです。それは浄土の慈悲の働きのおかげであります。  

 次に浄土の性質は何かについて、聖人の「教行証文類」真仏土巻から少しみてみます。  浄土は光明無量であり、寿命無量の世界であります。光限りなく、いのち限りなき世界であります。光明は智慧を表しますから、智慧はかりなく、寿命は慈悲を表しますから慈悲はかりなき世界です。煩悩が浄化された清浄な世界すなわち涅槃界であります。それゆえ大楽であって、まことの安楽なる世界、いわゆる極楽であります。また壊れることのない常(永遠)なる世界であります。
 その他いろいろに述べられています。このように浄土の徳を表した言葉だけでも、浄土がどういう世界かが伺えます。
 こういう広大で清浄な徳のあることを、凡夫にわかりやすいように、象徴的に、あるいは絵解き風に、あるいは形どって、経典にさまざまに説かれているのです。
 そしてこの経典の教説を聞いて、それによって私どもが「浄土に生まれたいと願う」ことが望まれているのです。 たとえば仏説阿弥陀経(現代語訳)には


「 舎利弗よ、その国土をなぜ極楽と名づけるのかというと、その国の人々は何の苦しみもなく、ただいろいろな楽しみだけを受けている。それ故に極楽と名づけるのだ。ーーーー 極楽国土には七重の欄干と七重の網飾りと七重の並木がある。そしてそれらはみな四宝(金・銀・瑠璃・水晶)でできていて、国土の至るところにめぐりわたっている。それゆえにその国を極楽と名づけるのである。 ー ーーーその仏国土には、つねに天上の音楽が奏でられている。そして大地は黄金でできていて、昼夜六時のそれぞれに綺麗な曼陀羅の花が降りそそぐ。その国の人々は、すがすがしい朝になるといつも、それぞれの花籠に色とりどりの美しい花を盛り、他の十万億の国々の仏がたを供養する。」


 このように浄土の徳を絵解き風に、詩的に表現されております。  浄土を知ろうと思えば仏陀の説法を通して、しかもその表現の中からから真実のすがたを聞き取っていくようにすることが大事でありましょう。



  「歎異鈔講座」 〈念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。そのゆえは、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄におちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。〉           


  (歎異鈔第二章)  (第七講)  今回は「念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。」について学んでみたいと思います。この部分の口語訳としては「念仏はほんとうに、極楽浄土に往って生まれる因なのでございましょうか、あるいは、地獄に堕ちるはずのわざなのでございましょうか、全然、私は知りません」といえるでしょう。
 阿弥陀仏の不思議な誓願は「名号を称えるものを浄土に生まれさせよう」との誓いであります。浄土とは一如平等の悟りの領域です。その浄土に「ただ我が名を称えよ、生まれさせる」との阿弥陀仏の御約束であります。  
 この誓約を前に私たちは、どういう反応をするでしょうか。親鸞聖人は、この阿弥陀仏のみ言葉を聞いて、あまりの大悲の広大深甚なることに驚き、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏を申され、「ああ有り難い、私のような黒闇に堕ちてゆくしかない者をこれほどまでに思うて下さっておられたのか」と信順されたのではないでしょうか。理屈も何もない、今滅んで行かねばならない身、闇に滑り込んで行かねばならない身に、はからずも「我が名を称えよ。汝の往生は引き受ける」との阿弥陀仏の仰せを、仰せのままにいただかれたのでありましょう。  

 私たちはともするとこの仰せの前で「どうして念仏で浄土に生まれるのでしょうか。その理由を教えて下さい。納得がいきません。もし納得ができましたら、阿弥陀様の仰せを受け入れましょう。念仏がなぜ浄土に生まれる因でありましょうか。なぜ?」と聞きたいのであります。
 「本願名號正定業」(本願の名号は正定の業なり)といわれるように、名号・南無阿弥陀仏は、私を正しく浄土に往生することの定まる業であるといわれます。なぜ、この南無阿弥陀仏が私を浄土に生まれしめるわざであるのか、それは阿弥陀仏が「名号を称える者を浄土に生まれさせる」と誓われたからであります。阿弥陀仏の不思議な誓いによってそのように定められたからであります。
 では〈本当にこの南無阿弥陀仏が往生の業因であるかどうか、お前にはその理由がわかるのか〉と問われたら、私は〈わかりません〉としかこたえようはないのです。聖人もここで「総じてもって存知せざるなり」と言われています。

 聖人もおそらく、念仏がどうして浄土往生の業因であるのかをいろいろお考えになられたのではないでしょうか。けれどもどれだけ研究しても、これで分かった、間違いないという不動の確信がえられるものでは決してないことを知って居られたのではないでしょうか。聞き分け知り分けるという人間の知性によって、まことの確信も安心もできるものではないことを知り抜いておられたのでしょう。  
 と同時に、聖人がこれほど大胆に、念仏が浄土に生まれる因か地獄に堕ちる業か、一切知りませんとまでいわれたのは、関東のお弟子方の本願に対する思議すなわちはからいを離れさせたいという思し召しがあったのではないでしょうか。  
 ただここで大事なことは、念仏が浄土に生まれる因であるかどうかは私の頭では分からないけれども、このみ言葉を「いずれの行もおよびがたき身」の上に聞かせていただくと、阿弥陀仏の深甚の大慈大悲が感ぜられてきます。どんなものをも決して見捨てない、どこまでも助けずにはおかないという大慈大悲のまごころがひしひしと伝わってまいります。阿弥陀仏のまごころが届いて、阿弥陀仏の本願が疑えぬことになるのであります。    

 さて、以上のことを近代の名師清沢満之師の「我が信念」の文章(抜粋)からうかがってみたいと思います。

『その究極の達せらるる前にも随分、宗教的信念はこんなものである、という様な決着は時々出来ましたが、それが後から後から打ち壊されてしもうたことが、幾度もありました。論理や研究で宗教を建立しようと思うて居る間は、この難をまぬがれませぬ。何が善だやら悪だやら、何が真理だやら非真理だやら、何が幸福だやら不幸だやら、一つも分かるものではない。我には何にも分からないとなったところで、一切の事をあげて、悉くこれを如来に信頼する、と云うことになったのが、私の大要点であります.------------。
 
 従来の習慣によりて、私は、知らず識らず、研究だの考究だのと、色々無用の論議に陥りやすい。時には、有限粗雑の思弁によりて、無限大悲の実在を論定せんとくわだつることすら起こる。しかれども、信念の確定せる幸いには、たとえしばらくこの如き迷妄に陥ることあるも、またやすくその無謀なることを反省して、この如き論議を抛擲することを得ることである。〈知らざるを知れるとせよ、これ知れるなり〉とは実に人智の絶頂である。
 しかるに、我等は容易にこれに安住することが出来ぬ。私の如きは、実におこがましき意見を抱いたことがありました。しかるに、信念の幸恵により、今は愚痴の法然房とか、愚禿の親鸞とかいう御言葉を、ありがたく喜ぶことが出来、また自分も真に無智をもって甘んずることが出来ることである。私も、以前には、有限である不完全であるといいながら、その有限不完全なる人智をもって、完全なる標準や無限なる実在を研究せんとする迷妄を脱却しがたいことであった』。

 清沢師が「私は、知らず識らず、研究だの考究だのと、色々無用の論議に陥り易い。時には、有限粗雑の思弁によりて、無限大悲の実在を論定せんと企つることすら起こる。」と。  私どもは、有限なる人智でもって、無限なる仏智の世界(弥陀の誓願不思議)を見定めようと、とかくはかろうております。清沢師も「私も、以前には、有限である不完全であるといいながら、その有限不完全なる人智をもって、完全なる標準や無限なる実在を研究せんとする迷妄を脱却し難いことであった」と述べられています。
 しかし、今は「しかるに、信念の幸恵により、今は愚痴の法然房とか、愚禿の親鸞とかいう御言葉を、ありがたく喜ぶことが出来、また自分も真に無智をもって甘んずることが出来ることである。」と。そして「知らざるを知れるとせよ、これ知れるなりとは実に人智の絶頂である」 と。
 仏智にたいしてまったく私どもは無智であります。念仏という仏智からの出来事に対して、私の人智でもっては、それが本当に浄土に生まれる因であるかどうかを確かめようとするようなこと、「その無謀なることを反省して、この如き論議を抛擲することを得ることである。」と。
   愚禿親鸞においては「念仏が浄土に生まれるたねか地獄へ堕ちる業か、まったく親鸞の人智では知り得ません」と言われるのでしょう。私の人智では「そうじてもって存知せず」といわれるのです。人智で知れないことを「知らない」と自覚すること、これが人智の絶頂なのであります。人智の限界を知ることが人智の最上の働きであります。
 人智を超えた仏智の不思議から現れた本願の念仏であります。その仏智から「汝に与えている念仏は、汝が正しく浄土に生まれることの定まる業因であるぞ」と仰せられます。これが「本願の名号は正定業なり」ということです。これは仏智の不思議ですから、人智でもって「本願名号がどうして正定業なのであろうか」と確かめにかかっても、決着はつかないのです。清沢師も「宗教的信念はこんなものである、という様な決着は時々出来ましたが、それが後から後から打ち壊されてしもうたことが、幾度もありました。論理や研究で宗教を建立しようと思うて居る間は、この難をまぬがれませぬ。」と仰せられています。人智でもって、念仏は確かに浄土に生まれる因であると、論理的に確定して一時的に安心を得たとしても、それは早晩崩れる運命にあります。仏智の前では人智は沈黙せざるをえません。人智は仏智の前では無智であることを知って、仏智をたのむほかはありません。すなわち仏智の本願の前では己の愚かさを知って、本願を「ああ誓願は不思議なり南無阿弥陀仏」といただくほかはありません。

 聖人の八十八才のお手紙に 『かまえて、学生沙汰せさせたまい候わで、往生をとげさせたまい候うべし。故法然聖人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」と候いしことを、たしかにうけたまわり候いしうえに、ものもおぼえぬあさましき人々のまいりたるを御覧じては、往生必定すべしとてえませたまいしをみまいらせ候いき。ふみざたして、さかさかしきひとのまいりたるをば、往生はいかがあらんずらんと、たしかにうけたまわりき。いまにいたるまでおもいあわせられ候うなり。』 とあります。そこには、〈どうぞ学者のように学問沙汰をしないで、往生なさって下さい。かって法然聖人は浄土宗の人は愚かなものになって浄土に往生するのであると言われ、素直に念仏を喜んでいる文字も知らない愚かな人たちがお参りに来られたのをご覧になって「往生は必ずするだろう」といわれて微笑んでおられたのを見たことがございます。

 逆に、学問沙汰してかしこぶる人がお参りに来られると「往生ははたしてできるであろうか?」とたしかに言われました。このことは八十八才の今に到るまで忘れられません〉 と仰せられています。聖人も時には文沙汰してさかさかしいご自分をごらんになられ、その都度この法然聖人の御言葉を思い出されたのではありますまいか。
 仏智をはからう気持ちは時に起こってまいります。「こんな自分で助かるのであろうか」「この南無阿弥陀仏で助かるのであろうか」という仏智不思議を疑う心が起こってまいります。そうしたさかさかしい心が起こる時、「浄土宗は愚者になりて往生す」の御言葉がいつも新鮮に響いてこられたのではないでしょうか。 聖人の仏智疑惑和讃に

「仏智うたがうつみふかし
この心おもいしるならば
くゆるこころをむねとして
仏智の不思議をたのむべし  

仏智を疑う気持ちが起こる度に、疑いの罪の深いことを知り、またこざかしく計らっておりましたと悔い、〈仏智は不思議なり〉とはからい離れて本願をたのめとのお心と存じます。
 清沢師も「信念の確定せる幸いには、たとえしばらくこの如き迷妄に陥ることあるも、またやすくその無謀なることを反省して、この如き論議を抛擲することを得ることである。」と言われています。
 念仏は浄土に生まれる因であるかどうかを人間的知性で確定しようとする無謀をすてて、愚か者となりて、仏智の不思議なればこそと素直に本願の思し召しに順えよと聖人は仰せられておられるのでありましょう。                                         (了)
 

真宗大谷派 念佛寺

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