本文へスキップ

真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

人間不信について

  *「人間不信について」

  最近「人が信じられなくなった」という言葉をよく聞きます。人を信じられないようになったのは、いろいろなわけがあったのでしょう。「親しくしていた友達に裏切られた」「信頼していた人にだまされた」「親切にしていた人から冷たい仕打ちにあった」などが縁で、他人を信じることができなくなったのだとよく聞きます。
 人に対する不信感は猜疑心でもあります。人に対して猜疑心を持つようになると、自分に近づいてくる人に対して、「この人は私から何か利益を得ようとして近づいてきたのではなかろうか」と思ったり、人の親切も素直に受け取れなくて、「親切にしてくれるけど、何か下心があるのではないだろうか」というように、人に対して常に警戒心をもつようになります。

 もちろん、人を疑うことは時と場合によっては自分や家族を守るために必要です。しかし、それが高じる場合は、やはりその人自身の人間觀に問題があると思います。
 先日、「知ってるつもり」というテレビ番組で、今年の一月に亡くなられた大屋政子さんのことを取り上げていました。それによりますと、  彼女は大阪でそうとう裕福な政治家の娘として幼年時代を過ごしました。ところが政治家の父が急死し、続いて兄も戦死しました。そうした不幸が続いて、一家は没落の憂き目にあったそうです。そうしたら、今までよく出入りし、父親の恩になった人たちがいっぺんに寄りつかなくなったのです。   
彼女はそうした経験から、〈人間は信じられない。信じられるのはお金だけ〉という考えに変わっていったと、番組では解説していました。
 〈人間は信じられない。信じられるのはお金だけ〉という考えで人に接するのですから、人との交わりは表面的だけのつきあいになります。だから、いくら大勢の人に取り囲まれていても、内面的にはずいぶん孤独だったそうです。五十畳の間に飾り物をいっぱい並べ、広い部屋の片隅にベッドをおいて寝ていたそうである。周囲にたくさんのものを置かないと落ち着かないほど内面は孤独で空虚だったのではないでしょうか。
 人が人間不信になるのは、自分の周りに不誠実な人が多かったからとは簡単には言えないと思います。虚言の多い人、忘恩の輩、権謀術数の多い人、冷淡な人ばかりにしかであわなかったから、人間不信に陥ったという人がいますが、はたしてそうでしょうか。

 人間不信に陥る原因は、自分自身の方にもともとあるのではないでしょうか。  自分の中の原因とは「人への依頼心、依存心」ではないでしょうか。「あの人に頼めば、私はうまくいく」「あの人にまかせば成功はまちがいない」「あの人は私が困ったときに必ず助けてくれる」というような、他者に期待しすぎたり依存しすぎたりすると、それはやがて「裏切られた」とか「だまされた」とか「あんな人とは思わなかった」といわねばならないようになります。なぜなら人は、自分が期待するほど親切ではないのが普通だからです。(そう思う自分自身も人に対してそれほど親切にはなれないのですから、他者にだけ大きな親切を求めるのは身勝手ともいえます。)
 なぜそれほど他者に依存するようになるのでしょうか。それは自分の幸せが外から来るように思うからです。たとえば収入の多寡によって、幸せが決まるように思うならば、自分に利益をもたらす人をとくに大事に思い、頼りにするようになります。そうすると、その人の世話とか配慮とか親切とかにいつのまにか寄りかかるようになります。
 
 ところが、頼りにしていた人が逆に自分に損失を与えたり、期待はずれだったりすると、「あんな人とは思わなかった」とか「あの人のせいで自分はひどい目にあった。もう人は信用できない」ということになりやすいのです。それは、自分が人に依存しすぎ、それによって幸せをつかもうとするからでありましょう。
 幸せを人間関係の上から得ようとする人は、返って人間関係から苦しめられ、人間関係をゆがめてしまいます。
 人間不信はここから起こるのだと思います。すなわち他者から、自分の幸せや大きな利益を引きだそうとしたり期待する人は、人間不信に陥りやすいのです。  

 自己の幸せを、絶対無限なる徳のはたらきすなわち阿弥陀仏において見いだす人は、人から自分の幸福を期待しなくてよいようになります。だからたとえ人からだまされても、裏切られても、見放されても、自分の幸せは壊れないし、壊れないことを知っています。  
 他者に自分の幸せを依存しない人を清沢満之先生は独立者といわれました。 先生の「絶対他力の大道」という文章のなかに 「何をか修養の方法となす。いわく、すべからく自己を省察すべし、大道を見知すべし。大道を見知せば、自己にあるものに不足を感ずることなかるべし。自己にあるものに不足を感ぜざれば、他にあるものを求めざるべし。他にあるものを求めざれば、他と争うことなかるべし。自己に充足して、求めず、争わず、天下何の処にかこれより強勝なるものあらんや、何の処にかこれより広大なるものあらんや。かくして始めて、人界にありて独立自由の大義を発揚しうべきなり。このごとき自己は、外物他人のために傷害せらるべきものにあらざるなり。傷害せらるべしと憂慮するは、妄念妄想なり。妄念妄想はこれを除却せざるべからず。」 という言葉があります。

 明治時代の文章ですから、かなり硬い表現になっていますが、意味をとってこの文章を読んでみたいと思います。 「何をか修養の方法となす。いわく、すべからく自己を省察すべし」。 修養というと、腹を立てないようにするとか、根性を鍛えるとか、そういうことを連想しますが、ここではそんなことではなくて、自分を反省することからはじまるのだといわれます。その反省というのは自分の人生に起こってくるさまざまな憂苦の源は、自己自身の誤りから起こってくることを知って、人としてのあるべき道、すなわち大道に立ち返らなければならない、大道を知らねばならないと。
 その「大道を見知せば、自己にあるものに不足を感ずることなかるべし。」大道とは普遍的なまことです。いわば阿弥陀仏です。このまことに出会う(見知)なら、自分の人生に真実のゆるぎない満足が与えられるのです。

 自分の人生に安定した満足を感じるようになると、「他にあるものを求めざるべし」で、何とか物足りようとして外の物に満足を求めようとしたり、他者の親切や世話や協力によって自分を安定させようとはしなくなるのです。
 そうすると、「他と争うことなかるべし」で、利害損得で人と争うことはなくなってくるのです。  そこに「自己に充足して、求めず、争わず、天下何の処にかこれより強勝なるものあらんや、何の処にかこれより広大なるものあらんや。かくして始めて、人界にありて独立自由の大義を発揚し得べきなり。」と言われるような本当の自由・独立が実現してくるのです。このような独立・自由を見いだした人は、もはや他の人から、害せられるということはなくなってきます。他の人がその人を不幸におとしめることはできないのです。

 もし「私はあの人のせいで不幸になった。あの人に傷つけられた」というのは、「傷害せらるべしと憂慮するは、妄念妄想なり」で、考え間違いであるといわれるのです。自分を傷つけるのは、本当は自分自身だけです。
 その間違いは、「妄念妄想はこれを除却せざるべからず」で、自分の責任でこの間違いをひるがえさなければ、いつまでたっても、他者とか運命とか時代とか社会とかにふりまわされて、まことの精神的独立はないのです。 このような精神的独立があって、人は人生を肯定し、人を肯定して生きることができるのであり、人間不信どころか、周りの人とともに生きることを喜びとするのです。     

 人を信じられなくなり、常に人を疑ってしか、人との交わりができなくなるなら、なんという寂しいことでしょう。中には、友だちばかりか自分の親や子供に対してさえ信ずることができないという人が時々いますが、そうなるとまさに孤独地獄です。現代は核家族の時代といわれますが、その家族の中でさえも、心を通いあわすことができず、お互いの間に壁や溝ができてしまうのです。
  人を孤独の闇に引き入れる溝や壁から解放される道は清沢先生が「大道を見知すべし」といわれる大道によってでありましょう。本願念仏の大道によってでありましょう。              


「歎異鈔講座」
 弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親鸞がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。      (歎異鈔第二章)  
(第十講)  口語訳
(このような愚悪の身を救おうとおぼしめして、念佛を往生の道と定めたもうた弥陀の本願がまことであらせられるならば、その本願を伝えるためにこの世に出現された釈尊の説教がいつわりであるはずがありません。釈尊の説教がまことであらせられるならば、その仏説に随順して本願念佛のこころをあらわされた善導大師の御釈にうそいつわりのあるはずがありません。善導大師の御釈がまことであるならば、ひとえに善導大師の教えに準拠して説き示された法然聖人の念佛往生のみ教えが、どうしてうそいつわりでありましょう。法然聖人の仰せがまことであるならば、その教えのままを信じているこの親鸞の申すことも、あながちにいたずらごとではありますまい。つづまるところ私の信心は、この通りです。)

 前回で一応、歎異抄第二章のお話は終わりましたが、「弥陀の本願まこと」とここでいわれる弥陀の本願は、釈尊の説法として説かれ、それが善導大師から法然聖人へと受け継がれて来たことが述べられています。 この本願を信じ念佛申す道が淨土眞宗であります。  では釈尊・善導・法然と流れてきた弥陀の本願とは一体何なのか。これはもう何度も申しましたが、大変大事な点ですので、再度確認をしておきたいと思います。
 仏説無量寿経(大経)には阿弥陀仏の願いが四十八通り説かれています。しかしここで「弥陀の本願」といわれるのは、四十八願の中の根本の願ということで第十八願のことです。四十八願はこの願を根本として展開されたものだからです。  第十八願の内容は

「 たとい我、仏を得んに、十方の衆生、  心を至し信楽して我が国に生まれんとおもうて、 すなわち十念にいたるまでせんに、もし生まれず ば、正覚を取らじ。ただ五逆と正法を誹謗せんを ば除く」

であります。そしてこの願文の意を、善導大師は
「若我成仏 十方衆生 称我名号下至十声 若不生者不取正覚 彼仏今現在成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」  もし我、成仏せんに、十方の衆生、  我が名号を称えること下十声せんに、もし生まれ ずば正覚を取らじ。  かの仏、今現にましまして成仏したまえり。  まさに知るべし、本誓重願むなしからず、  衆生称念すれば必ず往生することを得。」

と了解されました。  これは善導大師に先立つ曇鸞大師や道綽禅師のご指南と大師の宗教体験を通しての了解でした。この善導のご文に万人救済の道を見いだされたのが我が国の法然聖人でした。
 法然のご一生はこのご文の思し召しを一切衆生が平等に淨土に往生できる念佛往生の願として宣布されました。

  親鸞聖人は法然聖人の念佛往生の道においてはじめて自らの救いを経験され、その道が人間の普遍的な道理であることを開顕されました。 ですから「もし我成仏せんに………」のご文は浄土真宗の原点であります。 この願文が歎異抄第一章の「弥陀の誓願不思議」であり、第二章の「ただ念佛して弥陀にたすけられまいらすべし」であり「弥陀の本願まこと」なのであります。
 では大経の第十八願の原文をどうして善導大師はこのように読まれたのでしょうか。それを大経の原文にそって理解したいと思います。
 「たとえ我仏を得たらんに」というのは、阿弥陀仏が法蔵菩薩にてましました時、「私が仏の位についたときには、以下のことが成就しないようでしたら、私は仏の座にはつきません」 という誓いを仮定の形で表しています。  法蔵菩薩は「一切衆生を平等に淨土に往生せしめ、真実の悟りを成就させて涅槃の安楽を与えたい」と立ち上がられました。そしてそのために誓願を起こされ、それを世自在王仏の前で表白されました。その誓いの決意が「たとえ我仏を得たらんに」でありまして、それを善導大師は「もし我成仏せんに」と述べられましたが、これは同じ意味です。

 次に経文には「至心に信楽して我が国に生まれんとおもうて」とありますが、これを善導大師は敢えて削除されます。
 なぜなら我々凡夫は自力の根性が強いので、この経文を、我々が行う難しい自力の修行上の心とうけとって、凡夫の私が、「至心に信楽して淨土に生まれたいとおもう」という、そういう心を起こさねばならないと読んでしまいます。
 そうなると、至心とは至誠の心であり、ウソ偽りのない真実の心のことですから、そのようなウソ偽りのない心を起こすことははなはだ困難であります。
 また信楽は疑いの心は少しもない純粋な信心のことですから、そういう信心を起こすことはこれも大変難しいことであります。私たちの心の底には疑いが根を張っていますから、これを根絶することは極めて難しいのです。 「我が国に生まれんとおもえ」とは心から淨土に生まれたいという願いを起こし続けていくことですから、娑婆の小さな幸せに執着が止まない私たちにとって真実の淨土に生まれたいとの願いは容易に起こらないのであります。

 このように経文の真意を知らず、自力の心で読んでしまうと、真実にして清浄な心を起こさなければ淨土に生まれることができないということになります。そうなると特別優れた修行者だけしか淨土に生まれることはできません。実際そのように理解してきた人たちもたくさんいました。
  しかし誠実で純粋な信心を起こし、淨土往生を心から真剣に願うような人はごく限られたすぐれた方だけになります。そうなると、法蔵菩薩が

「我まさに哀愍(あわれみ)して、一切を度脱せん。」(大経)
といわれた、〈一切衆生を救いたい〉という広大な願いには背くことになります。
   善導大師はこの点を深く究明され、仏説観無量寿経の教説に照らして、観経では極悪の衆生がただ口に念佛を申すばかりで淨土に往生できたという経文から、この大経の「至心に信楽して我が国にうまれんとおもえ」は、我ら煩悩具足の凡夫に対して、真実の心や真実の信心や真実の願生心を起こせよと言うような無理な要求として読むものではないと見抜かれ、これを削除されたのだと思います。  
さらにいえば、善導大師は「至心に信楽して我が国に生まれんとおもう」の部分が邪魔だから削除したのではなく、この部分のお心は要するに、「乃至十念 若不生者 不取正覚」(すなわち十念にいたるまで、もし生まれずば正覚を取らじ)という阿弥陀仏の「念仏で救う」という誓いを信知するなかにこもると見られたのでありましょう。

 それで「本誓重願はむなしからず、衆生称念すればかならず往生することを得ること」を「まさに知るべし」と申されました。 まさに知るべしとは、「十念なりともただ念仏もうすものを、もし生まれずば正覚を取らない」という阿弥陀の誓いを信知することを我らにおすすめになられたのであります。「まさに知るべし」ということがお念仏の誓いを信ずべしとのお心であります。それは「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」という阿弥陀仏のお誓いを「信ずるほかに別の子細なきなり」という親鸞聖人のお言葉でもあります。
 次に「すなわち十念に至るまでせんに」のところを「称我名号 下至十声」とされました。これは「我が名を称えること、しも十声するに至るまで」ということで「南無阿弥陀仏の名号をただ口にたった十返でも称えるものを」ということです。
  そして「もし生まれずば 正覚を取らじ」と誓われました。すなわちただ十声なりとも南無阿弥陀仏と念佛するものを、もし淨土に生まれさせないようなら私は誓って仏には成りません、と法蔵菩薩は誓われたのだとの意であります。
 この「我が名を称えること、しも十声するに至るまでもし生まれずば正覚を取らじ」という阿弥陀仏の大悲の誓いを法然聖人は念仏往生の願といわれました。 そしてこれこそ万人を平等に救済する法であると宣布されたのです。  

 念仏往生の願の特質は、人間の心にチリばかりも要求しない、タダのタダで助けるという法であります。「ただ称えるばかりでお助け」と香樹院師が申されていますが、このお心なのです。「ただ称えよ」は我らに対する要求のように見えますが、そうではありません。それは私どもに何も要求のないこと、お園同行の「お差し支えなし、ご注文なし」という絶対救済を表された言葉なのです。
  本当の私の現実は、八方ふさがり、出口無しであります。ただそれを知らずに、あらぬ方向に夢を見、幻想に酔っているだけであります。死と我執の罪に囲まれているのが私であります。
 いずれにも道がなくなって、八方ふさがりの私の現実。その現実にある自分は「一体どうしたらいいのか」との嘆きに帰するのが私どもの必然。「一体私はどうしたらいいのか」、これが、自らの救いを求めたものがかならずぶつかる壁であります。  

 この壁の前にたつとき、「我が名を称えよ。その他に何も要らない、私がすべて引き受ける」との「称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚」の仏の仰せは、私に対する要求どころか、私のこのままをまるまる引き受けたもう慈悲の極みとしか感じられないのであります。  
 この本願は「人間の心に真実なし」との透徹した仏の眼から起こされた本願であります。  私たちのまことは、何一つアテにはならないことを本当に私たちは感じているでしょうか。どこかで私の心をアテにしているから弥陀をたのまなくても一応平気でおれるのではないでしょうか。いつでも正直でありたいと思ってもそれを、常にそうあり続けることができない私。ガンバレといわれてもいつまでもガンバレない心弱い私。陽気でありたいと思っても、事が起こると落ち込む心。人への親切も実に頼りない、少し自分に都合が悪くなると人のことは後まわしにしている私。怒る心が少なくなったといっても、それは怒る縁がしばらくこないだけ。信じましたといっても、すぐに疑い心にゆさぶられます。「解った」と思っても、また解らなくなる。そういう実に制御しがたく、不確実な我が心であります。

 香樹院師は心に関して次のように申されています。
「心ほど自由にならぬものはない。」 「心ほどしぶといわけのわからぬものはない。心ほど口惜しいものはない。」 「身の毛よだつ恐ろしきものは心なり。おさえもかかえもならぬものは心なり。この心は万劫の仇なり。それゆえ仏は己が心にだまさるるなよ、だまさるるなよとのたもう。」 「三悪道々々々とのたもうは、心の中は三悪道ばかりなるがゆえなり。」

 この心の本質をすでに見抜いた上で、法蔵菩薩は私の心にチリほども関係なく救う法を五劫に思惟し、これを見いだして、第十八願すなわち念仏往生の願として表されたのです。   古来、宗教上の救済がいろいろ語られてきました。しかし、「人間に真実はない」という前提での人間救済はほとんどありませんでした。  

 江戸時代の後期にこの本願の念仏を喜ばれた方に貞信尼という女性がいました。この貞信尼に越後のある女性信者がときどきやって来て「どうもどうも、この心が」と胸の苦痛を申された時、貞信尼が「それゆえに念仏申すのじゃ。わしやおまえは何と思うたとて自分で我が心がどうにもならないのじゃ。ただ口に称うるばかりじゃ」と申されたとのこと。また貞信尼の常の詞に「わしは口が動くばかりで腹には仏法はすこしもない。口の動くばかりがわしの仏法であります。」といわれています。また「ひとたび如來様のお勅命をお受けした上は、もう口一つじゃ。口一つにて首より下には何も用事はない。」ともよくいわれていたとのこと。  
 このように「称我名号」(我が名号を称えよ)の大悲勅命を深くいただいておられたお方でした。  
 さて、この本願の光から知られるのは人間の不真実なること、濁悪なること、反真理性であります。それをハッキリと知らせてくださるのが大経の「ただ五逆と正法を誹謗せんをばのぞく」のご文であります。
  まことに凡夫の現実は、救いから除かれてしかるべき逆悪にして真実に背く存在であります。それゆえ「ただ称えよ」とまでの至れるご親切、その救いのほかに道がないほどの無力無能の不真実なる存在が私であると知らされるのであります。 ご和讚には 「極悪深重の衆生は 他の方便さらになし ひとえに弥陀を称してぞ 浄土にうまるとのべたまう」(源信和讚) とあります。「我が名を称えよ」のお言葉は他の方便手だてなき我が身を照らし出してくださいます。万人を救う弥陀の働きは、救いなき身を救いなき身と照らし出して、救いなき底の底から一切衆生をおさめ取るという、そういう徹底的な救済でなくては完結しないのでした。法歌に 「たのめとは 助かる縁の 無き身ぞと 教えて救う 弥陀のよび声」 とある通りです。  念仏往生の願は、インド・中国・日本と流れ来たって、親鸞聖人の口から「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」となって表れたのでした。この本願の大悲は、苦悩の衆生の心にしみわたって現在にいたっております。  
 

真宗大谷派 念佛寺

〒663-8113
兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

TEL 0798−63−4488
FAX 0798−63−4488