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真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

『十八願より見た二十願』

『十八願より見た二十願 』

   十八願は念仏往生の願  法然は第十八願を善導の願釈(本願加減文)によって、「乃至十念・若不生者・不取正覚」を十八願の要とし、十八願を「念仏往生の願」と表した。
 そして念仏往生の願を信じて念仏申す者はいかなるものでも浄土に往生することができると説いたのである。

 法然の門下に入られた宗祖親鸞聖人は自らの救いを「雑行を棄てて本願に帰す」と表したが、その本願とはいうまでもなく念仏往生の願である。
 念仏往生の願について宗祖は『ご消息』に
「弥陀の本願ともうすは、名号をとなえんものをば極楽へむかえんとちかわせたまいたるをふかく信じて、となうるがめでたきことにてそうろうなり」(聖典六〇六頁)

  とわかりやすく示されている。あるいは『唯信抄文意』には

「乃至十念 若不生者 不取正覚というは、選択本願の文なり。この文のこころは、乃至十念のみなをとなえんもの、もしわがくににうまれずは仏にならじとちかいたまえる本願なり」(聖典五八七頁)

  と述べられている。 信心という関門  ただ問題は「我が名を称えよ、浄土に生まれしめる」との念仏往生の誓願を聞いて、念仏することはできるが、その本願を〈信じて〉称えること、所謂信心の問題が行者に問われることになる。念仏往生の願を聞いて念仏申すことはできる。
 
 しかし「本願を信じ」という信心は容易に伴わないのである。 しかるに信心が往生を決定するただ一つの因である。『正信偈』には

「生死輪転の家に還来することは、決するに疑情をもって所止とす。速やかに寂静無為の楽に入ることは、必ず信心をもって能入とす、といえり」(聖典二〇七頁)

  と言われ、あるいは「信巻」には

「弥陀如来、三心を発したまうといえども、涅槃の真因はただ信心をもってす」(聖典二二三頁)

  と言われている。いわゆる信心が往生成仏の正因である。浄土への往生は人が念仏を称えたかどうかではなく、本願を信じたかどうかにかかっているのである。
 それゆえ古来多くの念仏者が信心の関門にぶつかったのである。


信心の課題への応答
 そこで真宗を聞法している人において信心の課題に対してほぼ四つの姿が見られる。
一つは、信じられないので聞法を中途でやめてしまう。あるいは聞法はするが信心獲得ということを問題にしない。  

二つには、本願がいつまでも信じられず、「得たい得たい」と願いながら本願への疑いがあるまま人生を終えていく。  

三つには、本当には本願を信じられていないのであるが〈信じたことにする〉。信じたのだと自分に言い聞かせてそこに落ち着こうとする。意識的か無意識的かではあっても、どちらにしても「自分は本願をすでに信じたのだ」とするのである。
 これについてはいわゆる「なでつけ安心」といわれるように、真宗の教義でもって「そのままなりで助ける」と聞いて「このままでお助け」と自分に言い聞かせて助かったことにするのである。
 また「十劫安心」といわれる異義があって、「法蔵菩薩は〈十方衆生、往生せずは我は正覚を取らない〉と誓ってすでに仏になっておられる。だから私はすでに助かっているのだ」と納得しこれを信心とするのである。

 しかし実際には本願は信じられていないのである。  あるいは近代教学的な言い方で言えば、先達より「あなたの思いはどうであろうと今ここに生かされているではないか。思いに先立ってすでに他力の事実に生かされているのである」と聞いて知性的に了解し「このままでよかった」として、そこに落ち着こうとする。

 四つには、本当に本願を信じてアミダ仏の摂取にであった人。 である。およそこの四種類の姿がある。

 しかし、本願を本当に信じていなければ、心の底になんともいえない気持ちの悪いものが残る。そこでなお、「私はまだ本願を信じられてはいない、どうか信じたい」となって、さらに聞法を重ねていくのである。なんとか信心を得たいと聞法を励むのであるが、どうしても信じられない、どうにもならないという壁にぶつかるのである。
 しかしここでなお念仏往生の願を聞きつけていくことが大事である。


丸助けの念仏往生の願
 ところで念仏往生の願は「乃至十念 若不生者 不取正覚」すなわち「我が名を称えるばかりで助ける」という誓いであるが、実は念仏往生の願には、人の信・不信、疑惑の有る無しすら問われていないのである。念仏往生の願文には信心も救いの条件として要求されていないのである。
 念仏往生の願は、「乃至十念 若不生者 不取正覚」との誓い、善導の本願加減文で言えば

「もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称して下十声に至るまで、もし生れずは正覚を取らじ」(聖典三九九頁)

と誓われているばかりである。言ってみれば、法然の云う

「法蔵菩薩の本願に、成仏したらむ時の名(を)、一聲も稱してむ衆生を極楽に生ぜしむと願じたまへる」(「西方指南鈔」九八〇頁。浄土聖典全書三)

 誓いであるゆえ、十八願は丸助けの願であり、何も私たちに要求されない不可思議で広大な大悲の願である。
 更に言えば、念仏往生の願は逆謗・闡提の者に焦点を当てて一切衆生を救わんとする願である。闡提の者とは無信の者のことである。弥陀の本願は、私たちを無信の者、浄らかな信心など到底起しようのない者、それゆえ〈逆謗の屍骸〉の様な者と見たもうているのである。その者に焦点を当てて「乃至十念 若不生者 不取正覚」の誓いを建てられたのである。この意を受けて釈尊も

「釈迦如来、よろずの善のなかより名号をえらびとりて、五濁悪時・悪世界・悪衆生・邪見無信のものに、あたえたまえるなり」(聖典五五三頁)

  で、釈尊は「乃至十念・若不生者・不取正覚」と誓われたアミダ仏の名号を選び取って、この名号を「邪見無信のもの」に与えて称えさせて、〈そのままなりで引き受ける〉とアミダ仏の本願を私たちに聞かせて(聞其名号)くださるのである。「正しく逆謗闡提を恵まんと欲す」(総序)のお心である。私たちが無信の者だからこそ、「我が名を称えるだけでよい、まるまる引き受ける」とのアミダ仏の絶大な大悲のお心である。

 念仏往生の願は私たちの心の、善し悪し、明暗、信疑の有無に関わりなく救いたもうのである。
 それほどの大悲の願であるが、あまりにも凡夫の常識を越え、安すぎてかえってそのお心がいただけないのである。それほどの底抜けの大悲の願であるゆえ人知には受け取り難いのである。


ただ念仏の一本道  
ただしかし、念仏往生の誓いが信じられなく、また受け取れなくても、「乃至十念 若不生者 不取正覚」と聞いてナムアミダブツ・ナムアミダブツと称えることはできる。丸助けの大悲が感じられなくても、とにかくそのままナムアミダブツ・ナムアミダブツと今このままで称えることができる。
 
 こうして、「念仏一つ」となり、称える一つになる。これはいまだ十八願に信順したとはいえないが、ともかくも念仏一行の一本の道に出たのである。これが第二十願の念仏のすがたといえる。つまり第十八願の仰せを聞いてすぐに十八願に帰入できなくても、念仏一行の道に出ることはできるのである。ここに人間としてなしうる最後の道がある。生涯一筋に救いの道を求められた木村無相氏がどうにもならなくなったとき、「道がある 道がある たったひとつの道がある ただ念仏の道がある 極重悪人唯称仏」と詠われたのはここのところである。
   このように弥陀の本願を信じることのできない者、それが罪濁の凡夫であることをすでに知り抜いて、なお道をつけよう、導こうとされたのがアミダ仏の二十願といえる。
 二十願は〈本願を疑う自力の念仏のすがた〉といえばその通りである。しかし、二十願は単に〈自力の信心であり仏智疑惑の念仏〉であるという否定や批判だけのためにもうけられた願ではない。アミダ仏の方から第十八願に道をつけ導きたもう憐れみ深い願である。
 第十八願は無条件の救いであるが、無条件ゆえに不可思議な救いであり信じがたいのである。いわゆる極難信の法であり、「信楽受持することはなはだもって難い」願である。だからこの願にたいして多くの者は「信じられない、疑い晴れない」という嘆きの壁にぶつかのである。

 しかるにアミダ仏はすでにそのことを知られていて、無条件の救いをなお条件的に受け取ろうとする、そういう自力執心の衆生を十八願に導いていこうと建てられたのが二十願である、と了解することができる。
 二十願は、たのむべきは念仏一つとなりながらもなお「助かろう」「なんとかなろう」と自力の定散心にとらえられている者に救いの手をさしのべてくださる大いなる大悲方便の願である。


十八願へ果遂する二十願
二十願はこのように十八願と密接な関係があって、「乃至十念 若不生者 不取正覚」という十八願の誓いを聞いて、疑いがありながらも「称我名字 若不生者」の誓いに従って念仏申すという一つの道に出る、いな出さしめられる。それが自ずから二十願に順うことになっているのである。この二十願を通して遂には十八願に転入せしめられるのである。ここに二十願が「果遂の誓い」といわれる所以がある。

 繰り返すと、十八願の念仏往生の誓いを表された「極重悪人唯称仏」、すなわち「汝、極重悪人よ、そのまま唯称えるばかりで助ける」の大悲の仰せ、それをその通りに直受けに受ければ十八願の信心であるが、直受けに受け取れず、疑いがあるまま「唯称仏」の仰せに従って「称えて助かろう」として念仏一つになる。そうすると、そのままがおのずと二十願の道になっているのである。


救いなき身と知らせて救う
 疑いながらも念仏して行き、念仏しながら「乃至十念 若不生者 不取正覚」の丸助けの誓いを聞いていく。聞いては称え、称えては聞く。念仏しつつ第十八願を聞きつけていくのである。
 そこに我が身の救われざる姿、自力執心のかたまり、仏智疑惑の逆謗の死骸であることが知らされてくる。「助からぬ者ゆえ、我が名を称えよ」との仰せを聞きつつ念仏申していくところに、仏の仰せによって我が身は助からぬ者であると知らされ、まことに無信・疑惑のかたまりであると知らされる。「ただ念仏するばかりで助ける」の大悲は、それほどまでに誓われなくては助からぬほどの「無有出離之縁の機」である私たちのすがたを浮き彫りにする。大悲の智慧の光はこうして我が身の助からぬ自性を露わに照らし出してくださるのである。
 こうして一声一声のお念仏において、救われぬ身であるとともに、そのような者をこそ助けんという大悲が知らされる。助からぬ者を助けたもう「我が名を称えよ」の大悲が知らされてくるのである。念仏往生の誓いは

「縦令一生造悪の   
衆生引接のためにとて   
称我名字と願じつつ   
若不生者とちかいたり」(聖典四九五頁)

 の誓いであるように、この誓いによって私たちは一生造悪の凡夫であり、そのような者に「称我名字(我が名字を称えよ)」の大悲がかけられていることを聞かせていただく。ここに救い無き機の姿が示され、そんな者を引き受けたもう如来の大悲が知らされてくる。
 疑いながらも「そんなものだから我が名を称えるばかりで助ける」の仰せを称えつつ聞いていくところに「乃至十念・若不生者・不取正覚」の誓いにこもっている無窮の大悲が行者の心に浸透し、ついに本願を信じる信心として発起してくるのである。  

 信心として発起するのはいつか。それは今であるかも知れないし数年後かも知れないし、死して化土に生まれてかも知れない、しかし二十願の念仏には果遂の誓いがこもっているゆえに、果遂の願力によっておのずから十八願の救いに転入せしめられていくのである。  
 それを「浄土和讚」に

「定散自力の称名は 果遂のちかいに帰してこそ おしえざれども自然に 真如の門に転入する」(聖典四八四頁)

  と詠われている。


二十願ありて大道となる
 こうして、なぜに二十願が建てられたか。それは「無信のものなればこそ助ける」と仰せられるほどの広大不可思議な第十八願を受け入れることができない者が出ることをアミダ仏はすでに知り抜いておられ、そういう者を十八願に転入せしめたい、どこどこまでも見捨てることはできないとの深甚の大悲から「果遂せずばおかない」と誓われた願が二十願であると伺うことができる。だからこの道はだれにでも開かれているのである。
 ただ、念仏を申さず十八願の聞思だけで信心をいただこうとする場合もある。この道も不可能ではなかろう。しかし、二十願という果遂の誓いが建てられているところに如来の大悲方便の至れり尽くせりのお心を感じざるを得ない。
  しかしながら、二十願を十八願から切り離して、二十願に自らの救いを求めようと計らうのは、二十願を建てられたアミダ仏の願心には叶わない。なかには「自分は十八願をどうしても信じることができない。二十願での化土往生でもかまわない。二十願の念仏はどれだけ称えれば化土に往生できますか」などと問われる場合があるが、二十願を十八願から切り離すと、称名念仏は称える行者の自力の修行になってしまう。
 そうなると丸助けの如来の大悲(念仏往生の願)を見失うことになり、化土にさえ往生できるかどうか疑問である。大体二十願は「これだけ念仏してくれば化土に往生させる」などという誓いではない。


あわれみ深い二十願
 念仏往生の願を聞いて念仏を称えても、自力の念仏にとどまる者いわゆる信心欠けたる行者に二十願の誓いをかけてくださっている。そのことについて宗祖の『ご消息』に

「仏恩のふかきことは、懈慢・辺地に往生し、疑城・胎宮に往生するだにも、弥陀の御ちかいのなかに第十九・第二十の願の御あわれみにてこそ、不可思議のたのしみにあうことにて候え。仏恩のふかきことそのきわもなし」(聖典五九六頁)

とあり、また『歎異抄』にも

「信心かけたる行者は、本願をうたがうによりて、辺地に生じて、うたがいのつみをつぐのいてのち、報土のさとりをひらくとこそ、うけたまわりそうらえ。信心の行者すくなきゆえに、化土におおくすすめいれられそうろうを、ついにむなしくなるべしとそうろうなるこそ、如来に虚妄をもうしつけまいらせられそうろうなれ」(聖典六三八頁)

  と説かれ、二十願の大悲が表されている。
 十八願を聞いてもなお疑いが離れられない人間をどうするか、この切実な課題にどう応えるのか、それは往生浄土の教えにおいて大きな問題であろう。この問題にたいしてすでに道をつけてくださっていたのが第二十願の思し召しである。


生涯続く二十願の意義
 そして二十願は信心をいただいた後にも、なお自力の執心(はからい)が台頭してくることを見越して建てられているので、生涯二十願はその意義を失わない。 自力の執心とは『歎異抄』第九章に唯円房が「念仏を申していますが、喜びが少ない、こんなことでいいんでしょうか」と宗祖に問うているような問題として表れてくる。 たとえ信後であっても、喜びが少ないとか、病気になると死ぬんじゃなかろうかという不安が起こるとか、社会の諸問題に応じれていない自分に対して「自分はこれでいいのだろうか」というようなさまざまなとまどいが起こるのである。
 大体、「私はこれでいいのだろうか」と思い煩うというのは、まだ自分に対する自己信頼いわゆる自力の執心があるからである。  あるいは何か辛いことやうっとうしい心が起こると、自分の心を楽にしようとして念仏する場合がある。念仏を称えて楽になろうとするのは、念仏でもって助かろうとする二十願の念仏の姿といえよう。こういうことが信後にもしばしば起こるのである。
 こういう「はからい」は所詮煩悩であり、そういう煩悩の中で念仏申すのであるが、そのつど「我汝と共にいる。そんな者だから引き受ける」「そのまま念仏してこい、責任は弥陀がもつ」との如来の大悲に帰せしめられていく。そこに自力のはからいは果遂されて十八願のお心に帰せしめられていくのである。念仏往生の現実生活はこういうことの反復といっても過言ではなかろう。  宗祖が「化身土巻」に

「しかるに今特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲う。果遂の誓い、良に由あるかな。」(聖典三五六頁)

 と仰せられているが、〈今、転入せり〉〈果遂の誓い、良に由あるかな」と二十願を過去のこととせず、現在に味わっておられるのは、自力の計らいと本願念仏との関係は生涯続いていく関係であることを示唆しておられるように伺うのである。この反復が又信心を深めていくご縁となるのである。                                              (了) (二0二0年五月)                                                     

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