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真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

病中感謝録

『 病中感謝録 』       

序  
 本書は私の宿痾を三州宮崎の海岸に静養せる際の感想五十余条と、爾来今日に至るまで同行・善知識の口より書より自ら難有しときき、拝見したるもの百余条を蒐集したものであります。  月影は大なる池の面と、小なる笹の葉の露とを選ばずして、其の全き影を宿し、清涼なる鉢の水にも、馬蹄のたまり水にも、等しく円満な面影をうつすやうに、弥陀の大悲は、高僧碩徳の上にも、無智の老翁老嫗の上にも等しく、絶対円満の念仏を顕はし給ふのであります。  本書は其の生ける証明で、云ひ顕はす言葉こそ違へ等しく、他力安心の至極であります。  願くは本書に顕れ給ふ往生の先達よ、何卒私を導き給ふ如く、又此を見聞する人々をも導きて、共に円満無障碍の信念に住せしめ給へ。 明治辛亥歳正月中旬    三州鷲塚修道院に於て  
                 仏 子 昇 道 謹 識   病 中 感 謝 録   
  目 次   
一 愚痴の相談   
二 哲学上及宗教上に於ける人智迷妄の解決   
三 人智と疑   
四 一念より臨終までの喜びを一口に   
五 耳から口、腹に用事はない   
六 疑のないのは信心ではない、案じの起らぬは必しも立派なことではない   
七 其まゝなりで吾をたのめ   
八 弥陀をたのむが念仏なり又信心なり   
九 恥しいところが御目当  
一〇 御教化の真偽の標準  
一一 仏法は小勢につけ  
一二 たのむと助けるは同時の前後  
一三 円満なる宇宙の解釈  
一四 見仏の二法  
一五 成就と廻向  
一六 信心は智慧なり  
一七 足代はなくてならず、ありて邪魔物なり  
一八 信心は一切の範畴を超絶す  
一九 私の腹はどうもなりては居らぬ  
二〇 トルストイ氏の名言  
二一 徳を行ふことはそれ自身に報酬なり  
二二 懈怠の時の思念法  
二三 如来聖人の御用  
二四 如来は我を知りたまへり  
二五 醜貌の天使  
二六 宿なきものは宿つた所が宿だ  
二七 吾を興奮せしむる声  二八 事を定むる標準  
二九 唯如来の御計を仰ぐ一つ  
三〇 四処に此真理を実験す  
三一 藤岡師、新年の賀  
三二 真理を思ふの念  
三三 世界は楽園なり  
三四 兵営の感慨  
三五 江州の老女の領解  
三六 悪しき忠告を受けたる時  
三七 如来と吾との旗取競争  
三八 パスカル氏の名言  
三九 摂生と信相続  
四〇 不尽の妙趣、深奥の基底を有するもの  
四一 源七おいや同行の領解  
四二 売買の時、貰ふ時、贈る時  
四三 水上に描ける感想  
四四 某道友に送るの書  
四五 どうかなられると思ふ心  
四六 善智識に対する同行の心得  
四七 称名正因と云はるゝまでに  
四八 当流の真俗二諦  
四九 帰命尽十方無碍光如来  
五〇 舌の職  
五一 人間事業中の最高事業  
五二 信相続と火と灰  
五三 如来のお助けは人智の範畴では解せられぬ  
五四 無理なきが本願なり  
五五 愚なる長者の子  
五六 汝の本性に安ぜよ  
五七 他力の信者とヂミセラブル  
五八 予の愛読する二文(蘆花氏の自然と人生)  
五九 真に求むるものは真に与えらるゝものなり  
六〇 一念の意味  
六一 厚信者は行に偏するやうに見ゆ  
六二 絶対他力の徳音  
六三 プラトーの至言  
六四 アンダーソン曰  
六五 規尼涅と念仏  
六六 還相廻向の本願に感謝した  
六七 犬同行犬仲間  
六八 たのむ一念とは案じ初めたぞや  
六九 今がきゝかゝりぢや  
七〇 なでつけぢやなでつけぢや  
七一 私の領解はどこかに預けて置かるゝところがあるそうな  
七二 半蔵と直吉の問答  
七三 此言一言は忘れぬやうに  
七四 まけて行く人  
七五 影を離れると云ふは天上の月に向ふことぢや  
七六 信ずるたのむと云ふは真向になること  
七七 三願転入  
七八 此機が落ちる機ぢや  
七九 自力の計のつきたと云ふは  
八〇 あなたがつれて行て下さるげなで  
八一 助けて貰ふばかりぢや  
八二 たのみきらひとたのみずき  
八三 諸仏で動かぬほどの罪と疑を  
八四 お前は善人と見える、己は地獄行きぢやわえ  
八五 足利義山師法話  
八六 信空上人歌  
八七 よごれぬものは声  
八八 先手がかけてあるでまけるぞまけるぞ  
八九 今活きて居るまゝで  
九〇 素人の何にも知らぬまゝで助けて下さるに間違ないで喜べ  
九一 弥陀に任せてしまふが上分別だ  
九二 王法を守れ  
九三 我機の出来不出来によりてお助けを疑ふな  
九四 小言なしに腹一パイ安心せよ  
九五 仏になるは易い、そんな六かしいことはない  
九六 田原の園女と法中との問答  
九七 助けて下されますともお待兼の悪人ですもの  
九八 喜んだら阿弥陀様のもうけ、喜ばなんだら買い被り  
九九 往生一定の願下げは叶はぬげな
一〇〇 たのむと云ふは(其一)
一〇一 たのむと云ふは(其二)
一〇二 若不生者の若はそのが云はせ申しました
一〇三 それはむきところが違ふ、安心は浄土に向ふて参られるか参られぬかぢやない如来の呼声に向ふところにある
一〇四 受持があるで受持違いをするな
一〇五 戴いた時はよいがあとが又くよくよ
一〇六 いくらきいても悪い心中がなほりませぬ
一〇七 仕事訳
一〇八 唯大悲の誓願を真受けに受けてきけ
一〇九 農事と仏法
一一〇 田の草と煩悩
一一一 丸柱と云ふものは
一一二 信心と嫁御寮
一一三 疑ひながらの往生
一一四 自力の信は他力の疑也
一一五 信も心也疑も心也往生は我心にては叶ふべからず
一一六 計ふも計らひ計らはぬも計也
一一七 己を忘れてたゞたすけたまへ
一一八 六字のいわれ
一一九 助からぬものゝ助かると思ひとりて
一二〇 唯唱ふるばかりで
一二一 唯弥陀をたのむのぢや
一二二 裸体の乞食に其の議論はないぞ
一二三 たのむとはかゝるものを御助けぞと深く信ずることぢや
一二四 私の心は微塵も助かりそうな所は御座りませぬ
一二五 親様なしの相談なら所詮はない
一二六 いよいよこれなりで助けられるので御座りますか
一二七 おれは現在足をなげだし仏とうしろ合せの日暮をしてをる
一二八 これ一が分つたら日本国がひくりかへりても浄土往生に間違ない
一二九 どうも此度は仕おうせらるゝやうに思ひませぬ
一三〇 一念とは如来様の御一念であつたと云ふことがようようわかりました
一三一 私は年をとりましてもあいも変わらぬあわれな心中で御座りますが死ぬまでこんなもので御座りますか
一三二 阿弥陀様の御養育と云ふは
一三三 御聖教には明信仏智とありて心が明になるように伺はれますが私の腹は明になりませぬ
一三四 何もかも阿弥陀様の直の勅命ときこえるまできけ
一三五 当流は成就の文の八字を腹にするばかりぢや
一三六 きつとつれて行て下さるほどに
一三七 落ちるばかりのこゝろへきく度にたゞ嬉しいばかりなり
一三八 心にかけ心にかけすると
一三九 迷ひの凡夫が覚りの道知らぬのが何で恥であろう、どんな事きいても恥ではない何でもかまわずきくがよい
一四〇 一念帰命とは疑晴るゝばかりなり
一四一 たのめば早助かるの勅命なり
一四二 どこかに腰抜があるそふな
一四三 私は領解も何も御座りませぬ行先真暗で御座ります
一四四 もしやもしや心底が違ふては一大事ぢやと云ふ心配が御座ります
一四五 もう仏智廻向がすめたか
一四六 誰にも人に尋ねずにだまつて念仏申しなされ

  以  上  

      病 中 感 謝 録 今 井 昇 道 著      

一 愚痴の相談、
 信仰上の示談談合に、愚痴の相談と云ふことがある。これが甚有難い相談で、これが信相続の姿である。愚痴と云へば忠臣蔵の七段目かにおかるの愁嘆場がある。忠孝は第一であるけれども、それはよくよくわきまえて居ぬでもなく、又心懸けて居らぬではなけれども、父の死んだはお年の上だであきらめやうもあるけれども勘平さんは三十になるやならずに、亡くなられたと思えば、道理はようのみこめて居るが、どうあきらめて見やうと思ふてもあきらめられぬと云ふ所が即愚痴だ。愚痴とは云へどこれ人情の実相だ。此忠臣蔵の作者である近松門左衛門が、八犬伝や西遊記等の作者である曲亭馬琴より文学上の上位を占める所以がこゝにあるのである。如来様の御慈悲のきこえぬものには決して此相談はない。善知識の言葉の下に已(おのれ)忘れて如来をたのみ奉りた身が、すぐ如来様と反対な、遁げづめ、背きづめの心中になり、親の仰せにない心中になり、背いた心中になるで、こゝに初めて愚痴の相談と云ふものが出て来る。聞かせて頂いた時には天地に踊躍したものが、直ぐその下から若や心底が違ふてはと云ふやうなおほそれた案じ心、はからひ心が出て来る。即ち如来様をさし置いて、吾と後生を世話するやうな心中が出て来くる、それできく度ごとが、いつも喫驚(びっくり)、いつも初事、聞いたになつて居られぬ事になる。ところが愚痴と云ふものは、道理が分ったでよしになるものではないところが面白い。こうきくあとから又うろうろして、案じられるが信相続の姿と承知はして居りながら、それが、そうぢゃと抛(ほ)かって置かれぬところが妙だ。又しても真剣のうろうろ、そこで善知識のおきかせが、又真剣に初事に、珍らしく、新しくいつも初音の心地して踊躍して聴聞が出来る。香月院師や香樹院師の御談合は、大概此御相談である、一蓮院師の如きは自らこの愚痴のきゝ手になりて御出(おい)でになる。信仰上の妙味は実に此所にあるものである。下に出る香樹院師の御談合も此心を以て伺はねば真意は知れるものではない。香月院香樹院師等が幾多の学者中、特に安心の師表と崇められ給ふ所以亦こゝにあるのである。  

二 哲学上及宗教上に於ける人智迷妄の解決、
 吾々が如来の御助け即ちたのむものを助けるとか信するものを救ふとか、唯信仰によりてのみ義とせらるとか云ふ事をきゝて、これを吾々の智慧で受くる時には、奈何にあがくも、もがくも、救済は無条件か有条件、即ち信は御助けの条件となるか、又御助けには信をも要せぬと云ふかの二者何れかと考へねばならぬ。随て有条件と考ふる時には実際上救済無功の帰結に陥り、無条件と考ふる時は、推理上救済無用と云ふ結論に至る。即十劫暁天に救はれ了りたりと云ふことになる。吾々は茲(こゝ)に智力によりては全く絶望の声をあぐるより仕様はない。こゝに至りて一条の血路(ぬけみち)は何であるか。哲学上で云ふ認識論で、宗教上で云ふ自己の反省、機の実を知ると云ふことである、即人間の智識はどれほどまでに事物を知るの力を有するか、人間の知る所は果して客観的妥当性を有するものであるかどうかと云ふ問題が、哲学上韓図(かんと)によりて提出せられて、遂に人智は主観的のものでヂングアンヂツヒ(物如、真如、真相)は永劫に人智の中に入り来ることの出来ぬものであると云ふ人智の自殺と云ふ所に至りて解決がつけられたが、吾々ではこんな理論上の推度でなくて、吾々の智慧は吾々の智慧で即人間の智慧で、吾々の考ふる総ては人間の考えを一歩も出る事が出来ぬ。即如来の御助けを受くるに就ては何等の資格のないものであるで、仏智に比すれば一切空虚であると云ふ自覚に達する。かく人智迷妄思案空虚の自覚に達する時、吾等は茲に忽然として、如来の御力、御智慧、御慈悲若しくは因位の御苦労によりてのみ救はるゝと云ふ自覚が同時に湧出して来るのである。此人智迷妄思案空虚の悟達より地獄一定自力無功無有出離之縁の信も湧ひいて来るのである。こゝに至りて自力をすてゝ弥陀を一心にたのめの御教化が有難う戴かれる事になる。  

三 人智と疑、
 原因結果の観念は、人間悟性の形式なり。故に人間は奈何にするも此形式を離るゝ事が出来ぬ。これ即仏智に対する疑惑なり、故に人は其智力にては永久疑惑を離るゝ事が出来ぬ。故に仏智の了得は一に人智を捨るより道なし、疑惑の全体を挙げて如来の救済に委する外なし。  

四 一念より臨終までの喜びを一口に、
 三河の長松同行、詫の島に於て示談を為す。同行衆に問て云く、一念より臨終までの喜びを一口に云ふて見よと、一座黙然たり。浅右衛門同行云く、誰も答へる事が出来ねば何卒御聞せ下されたしと。長松同行云く誰も答へられまいが、それは此私を此私を!(三十八年十二月服部伴蔵氏談)  

五 耳から口、腹に用事はない、  
『すゝはきや、よごれぬものは声ばかり』の句があまりの貴さに、綱吉同行に語りて、助けるのお声と、念仏ばかりは、少しも凡夫の汚れを受け給はぬかえなアと。綱吉士、膝を直してもう一度聞せて下されと云ふ。きゝ了りて、耳から口へと指をさす。予云くそうぢや、耳からきいて口へ出るばかり、此胸には相談いらぬと。綱吉士、胸を打ちて、きかれぬことぢや、きかれぬことぢやと喜ばれたり。  

六 疑いのないは信心ではない。案じの起こらぬは必しも立派なことぢやない。  世間の人達は如来様の御本願の謂れをきいて、どうしても助かられると思はれて、疑いの心がないと信を得たやうに思ふ。又一度安心出来たら少しも案じがない、心配がない、惑いのあるは信前だと思ふ。疑ひのなひは信ではなくて大事がかゝらぬから。案じも心配も惑もないは、大様になりて同行善知識に親近せぬ懈慢界に堕ちた人だ。  

七 其まゝなりで吾をたのめ。
 一法蔵の某師の説教中に、其機の、なりで、我をたのめ、たのむ一つで、助けると、あった。噫(あゝ)其の機の、なりで吾を、たのめ、其の機の、なりで吾を、たのめ、私は八九歳の頃より此の話を聞いて居る。自分もよくこう云ふて説教した覚へがあるが、今フト此の御言葉を拝聴して誠に、云ふに、云はれぬ有難きを見出た。成程此の機のなりだ。自力無功思案空虚地獄一定無有出離之縁の私だもの。其の機のなりで、吾をたのめの勅命の外に、何処に、すがる所が、あろうさ。考へても駄目、飾りても駄目、善くても駄目、悪くても駄目なら、此の機のなりで、有りのまゝで、唯一筋に、如来をたのむより外に、何処に助かる道があろう、本願信ずる外に、どこに安心の道があらふ。  

八 弥陀をたのむが信心なり又念仏なり。
 同行某、余が高声に、念仏せず、又療養上多く、其の意と相反するを見て、余に信心なしと笑はれたり。余偶(たまたま)、蓮師御一代聞書の語を思ひ出して感謝禁する能はざりき。当流は、弥陀をたのむが念仏なり又信心なりと、何たる易き信心かな。  

九 恥かしい所が御目当。
 渡場(とば)の勘助、市石しんに語りて云く『お信さん、これだぞへこれだぞへと』同女の局部を指す『人様に出せぬ一番恥かしい所が、一番の御目当な所だぞへと』罪や障りは、いくらも云へるが、腹の底にある、ひよんげな奴が、なかなか云ひにくひ、其云ひにくひやつが、親の御目当の代物だと。  

一〇 御教化の真偽の標凖。
 勘助老人、杉浦かく女に語りて云く、お覚さん、御教化の真偽を知る標凖を教へてあげやう。何でも耳に障るやうなものは本真のものではない。いつもすらすらと耳を通るでなけりや、真の御教化とは、云はれぬと。  

一一 仏法は小勢につけ。
 勘助老人又云く、何でも、まづいものは大勢で食ふがよいが、仏法は小勢に、つかなけりや、いかぬと。  

一二 たのむとたすけるとは同時前後。
 たのむ者を助けるとあるは助けてやろうがさきなり。さきと云へばとて隔(へだた)った事ではない、同時前後と云ふものなり。たのむがさきか助けてやろうが前かと云へば助けてやろうが先なり。如来の仰に随ひ奉るがたのむ心なり。誠にはやこれなりで極楽参りに就ては名号を称ふるばかりで御助けと聞いて其れを真受にさへすればすぐに落付かれる、(信次郎談)  

一三 円満なる宇宙の解釈。  宇宙の万有は因果自然と願力自然と、無為自然とによりてのみ円満に解釈せらるゝ。男女の相愛する、性を同ふするものゝ相反発する、一面より見れば唯これ因果自然の支配により、迷妄の所為たるに過ずと雖も、一面より此を見れば、実に如来救済の第十八願を彰すものである。宇宙の万有は迷妄の所生なると共に又第十七願第十八願の誓刻せられたる真実の面影をもつて居る。此の方面より見たる万有は実に真実なり光明なり。而も此の方面は信決得以後の人にして初めて実験し得る所なり。故に信の一念に即得往生不退転の意味あり。忝(かたじけな)きかな余が自ら曽(かつ)て迷惑の対象たりし万有の神的性質は、今や此信仰によつて感謝の対象となれり。此二自然にすりて万有は円満に解釈せらるゝの関鍵を与へられたり。  

一四 見仏の二方法。
 吾等は仏に接するに二種の方法あり。第一は仏を如実に認むる事にして、第二は自身を正当に観到する事なり。若し仏よりせんか、彼をして絶対寛容無縁無制限の大悲者即ち絶対の大悲者と信認するにあり。即ち御受けや、たのみをも要せざる仏と信ずる事にあり。第二は自己を絶対的絶望者無力者にして、御受もたのみも、なす力及び仏より与るたのみ心もお助を受る力なきものなりと知るにあり。而してこれ共に夫々仏と凡夫の真相なり。而も此二真相の了得は共に一点に会合す。されば仏を知るの方法は完全に云へば自分の価値を知り同時に仏の真相を知るにありと云ふも可なり。  

一五 成就と廻向、
 母、子の嫁入道具にとて今日は一枚の着物を作り明日又一領の羽織を作る。十年の年月遂に一切の嫁入道具を整ひたり。此道具は誰の道具なりや、子は尚之を用ゆるに母の許可を待つべきにや。母が作りた外に子が貰ふ道ありや。如来の作願をたつぬれば苦悩の有情を捨てずして廻向を主としたまいて、大悲心をば成就せり。子の為にとて廻向を主として一枚作りたる時一枚子に与へたるものに非ずや、……一切の嫁入道具を造り了りた時、大悲心を成就せる時、これ衆生に廻向せる時ならずや。御文に云く、南無と帰命する一念のところに発願廻向の心あるべし、これ即弥陀如来の凡夫に廻向しまします心なり、これを大経には令諸衆生功徳成就ととけりと、発願廻向は功徳成就の外になきに非ずや。  

一六 信心は智慧なり、
 信心は智慧なり。智慧とは物の道理を分別して其分別の極りて動かぬ事なり。信心は世の人の謂ふやふに煙火(はなび)や電光のぱっとしたり、きらっとしたものに非ず。さるを一念と云ひ開発と云ふものだから兎角ぱっとしたものゝやふに思ふて一念を今か今かと待つよふに思ふが誤りぢや。丁度二に二を加ふれば四と云ふ事は誰が見ても何時思ふても同じ事ぢや。だから二二が四と云ふ事は数学上不動の事実なると共に又正確疑ふべからざる智慧なり。それと同じく信心とは、凡夫はどふしてもあかぬ仏はあかぬまゝで助けると云ふ事で、凡夫の自力無功の価値も永劫不変の事実なると共に仏が其物の為に十劫正覚を成したる事も不動の事実である。此二事実は何時思ふても誰が思ふても動かすべからざる事実でありて同時に動かすべからざる智慧である。而も此智慧即此二事実の致一的承認は、即如来によりてまるきり助けらるゝと云ふ応諾は、唯根拠を仏の発願と正覚とに存ず故に、此智慧は仏に根拠を有する智慧なるが故に之を仏智と云ふ。即ち信は願より生ずるものなるが故に仏智不思議とも(法より)信心の智慧とも(機より)云ふ、此信心には一念も後念も信前も信後もさる分別を要せざるなり、唯常に御助けを喜ぶのみ。  

一七 足代はなくてならずありて邪魔物なり。
 屋根をふくには足代を要す。足代堅固に且つ正確ならざれば屋根は思ふさまに葺く能はず。されど屋根巳にふきあがりたる時は足代は最早不用なると共に反て屋根の為の邪魔物となりて屋根を醜からしむ。且ふきあがりた時に足代は不用のものとなりたれども、而も足代は別に無くなりはせず漸次にとりすてざるべからず。信心又此の如し一念後念信前信後助かる時節、助かる凖備一々細かに分別せざるべからず。而(しか)も此足代なる御教化の分別や筋合の承認は一度如来を信ずるや既に不要のものとなるのみならず又大いに邪魔物となるに至る。一念や信心や信前信後の区別は如来の真実を領得せしむる一念の場合の妨げとなるのみならず又信後相続の上に幾度妨害となるか知れず。又しても信心に目がつき又しても一念に心がかゝり、又しても一念の時の心が欲しく、為に我往生を危み我御助を疑ふの因となる。一念の場合には極めて寛大なる御教化も後念相続には極て狹隘なるが故に一念の時には一切をゆるして下さる事を承知しながら後念相続の場合にはかゝる心の起るは一念が本真でないからには非ざるが本真でなければ往生は出来ざるには非ずやなど一念の時には唯如来の力一つで即ち落ちるまゝで助かりながら信後には又しても一念で助かり信心で助からうと云ふやうな非他力没願力の考が起りて迷惑煩悶にたえられぬ事があるこれ皆信前信後と云ふ足代に邪魔さるゝ姿である。一念巳に如来の力で助かりて而も、これが信心なら此信心はいつでも通用のきく信心であるのに此信心なら臨終迄相続して困る事の少しもなきに又どんな心が起りても差支なきのに、此信心を忘れ此一念の立場をはなれて凡夫の心の上に顕はれた気色のよかつた心は真実の信心を得た者には始終相続すると此気色のよいと云ふ心に執着し、此立場に腰を据えるから非常に煩悶せにやならぬ事になる。御助の時節が苦になりたり、たのみなほしでもしたいやうなこゝろが起りて来る。御信心が外見はまことらしくて内容が違ひはせんか形式が似て深さが違ひはせんかと云ふやうな心が起りて来る。これ皆信心一念と云ふ足代に邪魔せらるゝ姿であるが、真実終局迄来て見りや信心や一念も足代で不用で、唯助けらるゝ身には何等の妨げらるゝ所がない。又信前信後の様子はこうこうと云ふ御教化もまるきり足代で不用でありて、此心がかわりませんか狂ひはせんか、こう思へたあゝ思ひたい、この心をつゞけたいと云ふやうな事もいらなくなりて、何時も唯阿弥陀様は昇道助けるぞい昇道は助かるぞ昇道は往生出来るぞとの如来の仰よりきこゆるものもなく喜ばるゝものもないやうになりて来る。これ足代に全くさへられぬ姿である。  

一八 信心は一切の範畴(はんちう)を超絶す。
 信心は時間を超絶し又空間を超絶す、因に非ず非因に非ず正観に非ず邪観に非ず、有念に非ず無念に非ず修行の久近心の浅深に非ず頓に非ず漸に非ず、一念に非ず相続に非ず、凡心に非ず、仏心に非ず、決定に非ず不定に非ず、唯これ如来矜哀他力摂生の大心なり。  

一九 私の腹はどうもなりては居らぬ。
 信次郎三河巡遊の時一色の同行某女、氏に随ひて行く道すがら、人なき折を見て曰、信次郎様、お前様だけは、どうか腹がなつて居らるゝやうに思はれるが、誰にも云はないから、私ひとりにお前様の腹をきかせて下さへと、  信次郎曰、いくらお前様が尋ねて呉れたとて、私の腹はどうもなりては居らない、聞く時だけであとは何にもない。これだから弥(いよいよ)如来様の助けてやるの仰せ一つが有難う御座ります。  

二〇 トルストイ氏の名言。
トルストイ氏云、信心を得る事と宗教とは人生の隠れたる目的なり。そは人生に其針路を示しこれに勢力と活気とを与ふればなり。  

二一 徳を行ふことはそれ自身報酬なり。
 徳を行ふ事はそれ自身にして報酬であるとは千古の名言で、善い事をしてよい酬ひを得るは必然の法則ではあるが、其酬よりも何よりも善き酬ひは其善き事を為すと云ふ其事である、仏は実に此実行者の先達である、即如来の吾等に望み給ふ報酬は唯吾等を助けると云ふ事である。又御助けの証拠なる名号を称へしめたいと云ふ事である、だから吾々が如来に対し奉る報謝は唯如来に助らるゝ外はない、其証拠たる念仏を行ずる外ないのである。  

二二 懈怠の時の思念法。
 世間仏法とも心に油断を生じ懈怠放逸となれる時、吾等は此の如く思念せん。吾何の為に衣食し、何の為に家に住み何の為に生存しつゝあるや。吾は実に如来聖人の御用の為に衣食住し、且生存しつゝあるに非や。御用を為さずして衣食住すれば御用物を盗むなり。御用をつとめずして生存すれば生活を私するものなり。吾等此に於て又奮励精進の源泉を得る。  

二三 如来聖人の御用。
 何事を為すも如来聖人への御報謝と思ふべし。されば目下のものもよく目上の人にもよく、理論上出来ぬ辛抱も出来るものなり。捨てる身体すてる心にて朽ちず、すたらぬ御用がつとまると思へば何事も容易に辛抱さるゝものなり。  

二四 如来は吾を知り玉へり。
 吾を深く信じつゝある人に対して、人奈何に吾をあしさまに云ふとも吾にして悪しからざれば微笑して此悪言を傍聴せらるべし。万事に正当に判断し、万事を厳密に知り吾を信じ給ふは実に唯如来慈父の在すのみ。人奈何に悪しさまに吾を罵るも如来は善く知ろしめして、正当に且公平に判断し給ふなり。吾は奈何なる人の冷罵悪言も彼が如来に吾を誤て訴へ奉るものとして微笑して此を聞かんと欲す。  

二五 醜貌の天使。
 人吾に奈何なる無理難題・没常識の事を云ふとも吾は此時此の如く思念せん。如来悲母は彼の人をかりて吾を如来の如く忍辱に如来の如く寛容に如来の如く謙讓たらしめんが為め、換言すれば吾々如来の如く善徳者たらしめんが為にかゝる辛辣苦味の大悲を垂れ給ふなり。彼は設分暁漢(わからずや)没常識(たわけ)の痴人に非ずして吾を善からしめんとの醜貌の天使たりと思はん。吾は彼が為す一切の悪行動に対して寸毫も之を彼の行為とせず、如来吾に徳をとらせんとの行動なりと思念せん。吾此によって彼に対して何等厭嫌憎悪の心なく又彼の悪行動に対して憤怒排斥の感なく、反(かえっ)て之を喜で受け楽んで迎ふるに至るべからん。  

二六 宿なきものは宿つた所が宿だ。
 家の在る者は家に帰りて寝ねばならぬ。宿に帰りて休まねばならぬが、家もなく宿もないものは寝た処が家、休んだ所が宿だ。  

二七 吾を興奮せしむる声。
 吾が胸底にありて時々強く吾を興奮せしむる声あり。そは、汝は何の為に生活するや、とこれなり。噫(あゝ)吾念仏と仏意に随順する行為実現と云ふ事を離れては、即ち仏道の増進と云ふ事を離れては惜いと思ふ生命も無意義に、衣食住居も完く空虚(から)の経営(もくあみ)なればなり。  

二八 事を定むる標凖。
 事を定むるに当りて此事、吾に利益なりや否やと云ふ地に立ちて定めんか、後日結果の予想に相違して吾に利あらざる時は必失望の恐あり。又事を定むる其刹那にも尚又此恐怖あり。されど若自己の利害を離れ此事、仏意に契ふや否やの点に立つ時、結果の奈何に関係なく常に成功に、随って何等の恐怖なし。  

二九 唯如来の御計を仰く一つ。
 昇道は今まで信後には金剛不壞の信心が明かに胸の中にあるものと思て居りたが、何時まで立てもどうもならぬ何時も胸の中は寂しい、何にもない、いつも唯落ちる一つ、いつも唯如来をたのむ一つ、いつも唯如来の御計らひを仰ぐ一つ、信前もなく信後もなく一念もなく後念もなく信心もなく安心もなく、唯如来に救はれて安心し如来の慈悲に心勇み本願の成就せる事を慶賀感謝するのみである。  

三〇 四処に此真理を実験す。
 私は天然と歴史と先哲の聖教と我心の奧底とに於て常に同一のものを発見す。云く本願の誓設なり本願の成就なり信仰の一つによりて救はるゝと云ふ事なり。予はかく四処に此真理を実験す、予の確信の正当なる又不動なる所以なり。  

三一 藤岡了空師新年の賀。
 藤岡了空師新年の賀に、 送年迎年期長寿、斯人遂是不保寿、古墳台下為髑髏、我為君賀無量寿、  

三二 真理を思ふの念。
 予は十八九歳の頃より既に確乎(かっこ)として往生にとりて安ずる所ありき。而(しか)も爾来(じらい)一意専心年をふる十有二年而も尚自ら足れりとする能はず。尚明かにしたく確かにしたく、真理を思ふの念は一日も禁ずる能はざるなり。飽き足りもなき御慈悲なるかな。  

三三 世界は楽園なり。
 如来は吾に月を与へ花を与へ又種々の楽しみを与へて我心の怠屈を忘れしめては又念仏を称へさせ給ふ。何たる御慈悲の親様に在すかよ。実に世界は如来が我々をして其本願を信じ御名を称へしめんが為に完全無欠なる凖備を施設し給へる楽園なり。  

三四 兵営の感慨。
 服部明平君兵営より年賀状を送りて云く『今朝支給せられたる一椀の雑煮に二十二歳の春を迎へ申候噫(あゝ)境遇の変化があたふる此年は奈何に我精神上に!』と云ひ来られたり。実に暖き、特に世にも稀なる我子に暖き父母愛撫の楽園を去りて、剣影霜に氷る冷き兵営に春を迎る君の身には此感慨特に深かるべし。吾此時思へり。吾等人類生れて父母の撫育を受け、やゝ長ずるや必ず其膝下を去りて少くとも独立して自ら社会行路難の風濤に入らざるべからざるはこれ実に如来がかゝる幾多の辛苦艱難によりて永久不変に又十方世界に充ち満ちて至らぬ隈なき如来の愛に接せしめんが為の凖備ならんか。  

三五 江州の老女の領解。
 琵琶湖畔の一老女云く『此婆々は一生の間信心が得たい得たいと願ひ望みましたか、此婆々に信心を与へると怪我をすると思召し、とうとう与へて下さらぬ。思ふた槌は外れて了い、まるきり助けられねば行かれぬ婆々でありましたと御助に逢はせて貰ひました』と言や卑近なりと雖もこれ世にありとある中の至高至尊至深至奧至神至妙の実験なり。我開山聖人二十九歳より満九十歳の夕(ゆふべ)迄常に反覆し給へる経験なり。蓮如上人十五歳より八十五歳の夕迄諄々倦まず教へ給へる、雑行捨てゝ弥陀をたのめよも此実験なり。善導の二種深信、元祖の念仏往生は勿論、若し之を他教に見んか、基督の神は父なりの信仰も、保羅(ポーロ)が『タマスコ』遠征の途上忽如(こつにょ)身を囲繞せる光明も又ルーテルが其の得度せる寺院の一室に於て煩悶懊悩せる結果俄然発見せる唯神の愛によりてのみ救はるゝと云ふ経験も、又無冠の「ビショップ」たる英国の『ジョンバンヤン』の十字架を見て罪の重負を下ろされる従道の経験も、全く此老女の実験と異る所なし。予は昨三十七年の夏此物語を服部伴蔵氏よりきゝて、玩味すればする程趣味津々たるを覚ゆ。予が多年の経験も実に唯此老女の一言の反覆実験にあるのみ。而も今日に至るも尚容易に味ひ尽す能はざるなり。  

三六 悪しき忠告を受たる時。
 人吾に奈何なる無意味否寧ろ悪しき忠告若くは罵詈を与へんか。我心も直に立ちて之を叱咤弁駁せんとす。されど思ふに此世の中にありとあるもの又此世の中に起り来る一切の事象決して何等の必用と理由なく即ち吾を教訓陶冶する何等かの意味なしに顕るゝ事なし。何となれば如来は已に十劫以前仏となりて十方に遍満し、万有に其光りを被らしめ、万有に其本願を成就し、万有に其身を寓し給ひ、以て吾等を指導愛撫し給へばなり。されば吾等は世の一切の出来事に向って常に驚異と讃嘆と渇仰と尊敬の情を以て之に対せざるべからず。而(しか)して其起り来れる事象の中に奈何に如来が其思召を寓し給ふかを伺ひ奉らずんばあらず。されば奈何なる悪言罵詈も深く尊敬し渇仰の情を以って迎へ奉らざるべからず。まして厳然たる忠告をや。かくて憤怒厭嫌の情は変じて感謝欣喜の念となるべきなり。  

三七 如来と吾との旗取競争。
 私には信前もなく信後もなく一念もなく後念もないがいつも私と如来と信心との追合ひである。私が信心を追い始めると、はや私は一歩一歩如来から逃げ離れるのである。私が信心を追ひかけて如来を離れると、如来は一生懸命私を追ひかけて下さるのである。即ち私を追ひかけると云ふのは私の追かけて居る信心をとろうとなされるのである。私は信心を追かけて如来をあとに見る。如来は私のあとを追かけて、信心をとらうとなされる。つまり私と如来様との間に信心の旗取競走が始るが、如来と私との競走に私の勝つべき道理がないで、とうとう信心の旗はまんまと如来様にとられて了うと同時に、如来様に私も掴まへられて了ふ。それと一処に信心の旗は傍にありて又私に与へて下さる。私はいつもこう云ふ風に、信心を追ひかけて信心をとられて親の前に引き出されて御信心を与へられて居る。  

三八 パスカルの名言。
 無神論者嘆じて云はく、然れども然れども吾は何等の光りを有せずと。仏を否定し、信仰を否定し、霊魂を否定し去る。快は即ち快ならんも、此人遂に、宇宙に永劫に、人生に、何等の光りを有する能はざらん。  

三九 摂生と信相続。
 摂生を重ずる人は飯を食ひ了る度毎に必ず口を洗ひて食物の滓の口中に残り止らざるやうにするものなり。念仏の信者又此の如し。如来をたのみては其たのみ心に着せず、本願を信じては其の信ずる心を執せず、信じて信功を見ず、行じて行功を見ず、故に信心常に淳(まこと)に一つに相続するものなり。其姿を云へはいつも助かられぬ私を御助けと決定して喜ぶことなり。  

四〇 不尽の妙趣、深奧の基底を有するもの。
 詩歌や小説の余韻ありては不尽の妙趣があるのなんのと云ふことがある。如何にも高妙な小説や、詩歌には随分ないでもないが、しかし鳥渡(ちょっと)きいた所では何でもなくて、しかも十年百年乃至万劫億劫きいても又味いても、きゝあきなく味いつくすことの出来ぬと云ふものは宇宙唯一つしかない。それは実に如来様が私を助けてやると仰せらるゝ御一言である。私の疑ひが本来法爾として深き深き根底を有するだけそれだけ、如来の御助けと云ふ御一言が又不尽の妙味深奧の根基を有するのである。  

四一 源七おいや同行の領解。
 京都の源七、十八歳の時出離の大事に悩み美濃のおいや同行を尋ねて一七日間其のおしえを受く。而(しか)も宿縁開けずして暇乞を為す。同行道に源七を送り出し離別に望んで云く『兄様これからあとでお前の心にこれはと云ふものが出来たら如来聖人と御わかれだと思ひなさへ』と、源七解する能はず去りて三河知名の篤信者たる某師を訪ふ。師源七に尋ぬるに其の遍歴の次序を問ふ。源七乃ち美濃のおいや同行にあひて離別の際同行の云はれたる一言を以てす。師云く、かかる貴き御教化に逢ひて又何をか云ふと。源七茲(こゝ)に至りて始めて悟る所ありたりと。これ実に臨済宗の開祖臨済の悟道に彷彿たり。おいや同行の言は実に江州老女の一言と比して趣味津々たり。如来の加被によらずして奈何で此妙句を云ひ得んや。  

四二 売買の時、貰ふ時、贈る時。
 僅の損徳、実は少しも徳にならぬ。否実に如来の御用物に向ひて有難しとも思はすして買ひやうが下手の売りやうが上手のと思ふて喧嘩し争論して影のやうな徳に向ふて其の実徳でも何でもない事に向ふて不瞋不怒と云ふ徳を失ふは残念な事なり。又如来聖人よりの御用物を頂戴し又他に渡すに腹立ち怒りて我もの顔にする事あさましき事なり。斯(か)ほどに徳が欲くば何故大利無上の名号を称へざらんや。何故仏意に随順する行動を為さゞるや、浅ましきは我心なる哉。  

四三 水上に描ける感想。
 自力無功他力摂生のみのりだに世に弘まり玉ふ事ならば、昇道の昇の字は火の中に、道の字は水の中に苦しむ共、名なく食なく家なき物となり朽つるとも、下げ難き頭も此法の為とならば喜んで下ぐべく、忍び難き悲しみも此法の為には忍ばんと思ふ。此法だに弘まらば昇道はなく共、昇道なる人間は世の所謂不幸災禍の中に死するとも、これ昇道の為に最上の光栄なり、又勝利なり成功なりと思ふ。しかしこれも一時の出来心のみ恥づべし恥づべし。  

四四 某道友に送るの書。
 小僧の唯一の喜びは、唯貴方が何等の注文なしにたのむものを助けるとある御勅命を御宣布下されたる事にて、いつもいつもその心を引き受けてやるとある如来様の御真実にはいかに遁げ上手な身にも遁げる事かなはず候。若し人間乃至仏魔にして此本願を打ち破り此勅命を打破るもの即ち如来より有力なるものあるに非ざる限りは、よし小僧の心を破るとも小僧の往生を破るものは恐らくあるまじき事と確信罷(まかり)在(ありき)候。  如来の仰せを本と信ずる小僧の往生を是非するは如来の本願を打破り否定すると同一の大罪と存じ候。小僧の心は水の如し、縁により波立ちて月の影も千波万波と碎けん、而も天上の月は依然として円満に在すが故に直に又其のまろき影をやどし給べし。  金剛堅固の信心は仏の相続より起る。如来の変らせられぬ御思召こそ我金剛の信に候。我胸をながめて其の不動を喜ぶものは未だ真に如来をたのむものに非ず、極端に己が自力をすてゝ一筋に如来をたのみ奉る上は吾の心の金剛に何等の要事これなく候。  要は唯如来の仰せの変らせられぬ事こそ我安心の土台、往生の疑ひなき保証と存じ候。  きく所によれば一切の自力は捨たりたやうでも私の心得が正意ぢやと云ふ自力が捨たり兼ねるときゝ候。お前は違ふ己は本真(ほんま)だ。お前は宿善がない、こゝまでおいで御助け進上と云ふやうな相談は嘗って厚信者にきゝたることなく候。後生は実にとりかえしのつかぬ大事なれば充分胸底をたゝいて、念にも念を入れたきものに御座候。人を導くにお前は違ふと云ふやうなことでは如何に親切より起るにしても功あるものにはあらず。何となれば、これ口には如来を語りながら如来を中に置かざる人間同士の相談なり篤と御熟考下され度。  

四五 どうかなれると思ふ心。
 兎角どうかなれる、なれると、云ふが凡夫固有の疾(やまひ)で、此心一つで永劫迷ふて来たのであるで、一度なられぬまゝの他力摂生と云ふ事に夜が明けた後も尚此余習が至る所に付てまわる。美濃のおいや同行の『これはと云ふものが出来たら如来聖人とおわかれだ』とは実に云ひやうのない名言で、凡夫の実機をこれほど、よく云ひ顕したものもないと共に、如来他力の御助をこれほど明かに云ふたものもない有難い領解哉。  

四六 善知識に対する同行の心得。
 病気の起りた時にこそ医師を尋ねて其の診断を仰ぎ投薬を願ふべきである。私は此程腹が変でありた、昨日頭痛がしたと云ふやうな事は医者の前に云ふ必用はないと思ふ。概して婦人は病気の時に医師に趣くに男子の人情一角の御信者になると、どう云ふものか昨日腹の痛んだ話や、昨日頭痛のした事のみを云ふ、残念な事である。  

四七 称名正因と云はるゝまでに。
 蒲郡町の某同行の物語りに、美濃の通徳寺様は誠に難有い信者で念仏をよく称へられた方である。其の為に人々から称名正因・口称募りと云ふて悪評を下されたと。爾(しか)り信者は率(おほむね)口称募りと云はるゝものだ。博多の七里大徳も此の悪評を受け、恩師阿部慧行師も亦此世評を受けられたりときく。称名正因と云ふ批評は概して真信者の蒙るものとすればかく称名正因と世間より云はるゝは反って真信者と云はるゝと同じ。自分は尚かゝる異解者と云はるゝほど念仏の申されぬが反す反す残念な事と思ふ。  

四八 当流の真俗二諦。
 当流は唯無碍の光明を無碍に尽十方の如来を十方に拝し奉る外なし。此如来を尽十方無碍に拝し奉る時、吾等は如来より逃げ道なく如来より離れやうなく往生せざらんと欲するも得ざるようになる。之を真諦門と云ふ。至る所に尽十方に如来を拝し奉るが故に、怒るに由なく嘆くに由なく怨むに由なく諂ふに由なく傲るに由なく悲しむに由なく、万物の上に恩が知られ万人の上に慈光が知られ、貪欲の上にも殺生の上にも又瞋恚愚痴乱狂妄想の上にも如来を拝し奉る事を俗諦門と云ふ。真に真宗の真俗二諦は唯仏を至る処に又如実に拝し奉るより外なし。而(しか)も吾は徒(いたづら)にかく知りかく感ずるのみ、これを実現する能はざるを悲しむ。  

四九 帰命尽十方無碍光如来。
 帰命尽十方無碍光如来とは無碍光如来を我往生の大事に就て発見する事である。帰命とは即得自在の如来の大心海大救済を無碍自在に発見する事である。発見出来れば安心出来、安心出来たは救はれたので、救はれたのが帰命である。  

五〇 舌の職。 一、雅各書(ヤユブ)に曰く、  
 But the tongue can no man tame; it is an unruly evil, full of deadly poison. Therewith bless we    God, even the father ;and therewith curse we men, which are made after the similitude of God.    Out of the same mouth proceedeth blessing and cursing    My brethren, these things ought not so to be.    JAMES.
 人誰か能舌を制し得んや。彼は制し難き悪にして死毒に充てるものなり。此を以て吾等は父なる神を讃美し而も同一体型に造られたる人を詛(のろ)ふ。讃美と呪詛と同一の口より出ず。我兄弟に斯(かか)る事は有るべからざる事ならずや。実に人間の歯はしばしば過(あやま)られて人間の墓穴を穿(うが)って共に人間の舌はしばしば過たれて身を斬り又兄弟を殺すに至る。思ふに此舌は如来の御名を称へ、如来の徳を称へ、時に如来の御代官として如来の真実を人に伝ふべき光栄のある職務を有しつゝあるものなり。而(しか)も此職務こそ実に舌が為すべき唯一の義務なり。此聖なる舌を以て吾等は友を詛ひ、人を怒り、以って如来を涜(けが)し如来を破り奉らんとす。恐るべからずや恥づべからずや。而も舌は唯心によりてのみ動く。かゝる汚れたる心を有する者は如何に禍なるかな。而して吾は実に此の禍(わざわい)なるものゝ一人なり。禍なる哉。  

五一 人間事業中最高の事業。
 如来は十劫に正覚を成れり。世界は此の時光に満されたり。人の心も又誓に刻まれたり。光りに纏はれたり。此の光此の誓、独立して世に霊性若しくば良心と云はれたり。此良心は潜在的仏心にして此心若し如来誓願の開発に逢ふや即ち信心となる。此の良心の開発、信念の喚起は人間事業中最高の事業たり。此の事業の為に人は奈何なる犠牲も抛(なげう)たさるべからず。親鸞聖人の九十年は此の事業の為に犠牲にせられたり。蓮如上人は八十五年を此の聖事に捧げられたり。基督は此事業の為に身を捨たり。阿育王は此の為に資力を捨てたり。吾等は又此の先哲の軌道を踏み、若し此の事業の為には、言葉を要する時言葉を捧げ、名誉を要する時名誉を捧げ、若し又生命を要する時は生命をも捧ぐ可し。まして些細の損徳をや。而も我心しばしば小利に迷ふて此の大事を忘る。恥づべきかな。  

五二 信相続と火と灰。
 火が盛になるに随ひ、火の上に必ず灰が出来る。灰が出来ると火の勢が弱くなる。で人は又此灰をふるい落して火勢をつよめてやらねばならぬ。つよめると又灰がつく。又とらねばならぬ。信念又此の如し。如来の御助けを仰ぐ時、何時の間にやら自分に信心と云ふ執の灰が出来る。此の執が出来る時に惑いも起り又歓喜もなくなる。で又如来の仰せで此信心の執が払はれると、如来他力の丸助けの火の手が盛になる。盛になると又知らず知らず信心安心と心に執がつくものだ。常に信心の溝をさらへて弥陀の法水を流せと云へる事ありげに候とは此の辺の妙味を教へ玉へるものか。  

五三 如来の御助けは人智の範畴(えがた)では解せられぬ。
 鴻学(こうがく)幹図(カント)は人間思想の範畴を精密(こまか)に分類したが、重なるものは時間空間因果の三範畴に過ぎず。此の三範畴は吾等が如来をたのむ上に於て又顕れて働く。此の為に氏の所謂thing itself or Trancendental being に比すべき如来の御助けを領解する能はず。吾等は如来の御助に就いて是非救済の因を発見せんとする。即ち色目(いろめ)を見出さんとする。即ち信前信後の別を発見せんとする。これ因果の範畴に動かされつゝあるものである。奈何に如来の御助けは他力なり自力を離れたるものなりと云はれても、是非何かを発見せねば救済の手を握ることが出来ぬと云ふもの、これ実に疑の本源でありて又因果の観念である。此の因果の観念に支配せられて、是非其の因の起りた時間、及方処を詮議する。即ち一念とか後念とか、信前信後とか、今日こそはと思ふもの皆此の迷心である。如来の御助けが若しかゝる範畴に支配せらるものなら此の迷情の心で領解せらるゝも、実は全く此等凡情の範畴を超絶せるもの故、人智を捨て自力を捨てた時でなくては領解する事が出来ぬ。唯他力に救はれ如来に懐かるゝに至るまでは理解することが出来ない。信心は因果の関係を離れた如来の御助けである。時間空間を離れたる如来の御助けである。故に時として助けられざる時なく、所として救はれざる所なく、人として選ばる可きものがない。真に無碍、円満、常住、不変円融自在なる信心である。  

五四 無理なきが本願なり。
 如来の本願に随へば水の低くきにつくが如く自然にして無理なし。本願に逆ふが故に心口無理生じ、自然に非ざるが故に迷惑煩悶するに至る。故に我心仏意に随ふや否やを試験する唯一標凖は、唯自然なるや無理なるやにある。  

五五 愚なる長者の子。
 昔印度の長者に愚なる子がありた。親が子の不便さに何とかして智慧をつけやうとして栴檀香木を売る事をさせた。香木は至って高価で且つ貴いものだから需要者が極めて少い。時たまたま極寒の候となりて炭の売口が頗る善かった。賢き長者の子は遂に香木をやいて炭として之を売つたとの事である。香木を其まゝにして置かば炭のいかに多くも其の中に含まるべきに、火にした為に他の雑木と何等の選ぶ所がないやうになった。世は急激の進歩の為に、生存競争が激きなり。特に空想に走りて実力のない学生等は非常の煩悶に陥りて居るが現在である。したがって誰も宗教に向って此の現在の苦悶を医(なほ)さふとする、予も其一人でありた。惜むべし宗教をかゝる目前の慰安に費して了ふは奈何にも残念な事である。かくては香木を炭にすると一般である。しかし之を唱道するものも之を信ずる者も目前の野心が満され多少安逸の位置になりて来るか、又は真実の衷心の叫びがきこへてくると真の宗教に入るようになるであらう。予も又かくならん事を切望する。  

五六 汝の本性に安んぜよ。
 我友よ、他力本願の道は常に自然に常に寛広に常に自在無碍になるよ。されば友よ、若し汝の心に不自由と窮屈と障得とを感じなば汝は沈思熟慮して寛広自在自然の大道に出てよ。其は常に本願の大道なるよ。決して恐るゝ勿れ。世人の云ふ為に懸念する勿れ。聖教に類文なきを憂ふる勿れ。本願の大道は常に尤も正確に尤も明了に最も切実に尤も手近に吾々の心霊(こゝろ)に顕はるゝものなるよ。我友よ汝等幾度本願の大道を惑ひ出るも、之によりて救済を疑ふ勿れ。たとい如何にしばしば凡情の上に在るを発見するも決して寸毫も憂る勿れ。爾等は唯沈着に大胆に沈思して直に本願の大道に出でよ。又爾等(なんぢら)、吾(われわれ)、しばしば大道を外れたるが故に、吾の信は真ならざるや否やを懸念する勿れ。吾等の救済は決して吾等の信心の条件によりて救はるゝものに非ず。唯如来の無碍の本願のみによるものなればなり。我友よ我等は唯常に如来をたのみ、如来を信じ、如来によりて救はるゝものなるよ。されば友よ汝等は寸毫も汝の心の大道をはずれんとするかを思ふて恐怖する勿れ。大道より外れんとするはこれ真に吾等の本性なるぞや。汝等の恐怖する所は我心大道に背かずや亦外れ出づる事なきやの問題なり。されどこれ過(あやま)れり。汝等我力にて寸毫も大道に契ふ事能はずと思惟するや。否我心は過去際より永遠に唯如来に背き仏を離れんとするが本性そや。これ永久不変の吾の本性ぞや。我夢にも如来を拝す、これ既に仏力ぞや。吾一度も御名を称ふ是亦如来の力ぞや。まして吾仏願を信じ大道に乗ず、豈(あに)これ唯事ならんや。これ偏に如来善巧の力の顕現のみ。さるを我等此の如来の功を盗むが故に常に仏に媚(こ)び勉めて仏意に契はんとし、大道に合せんとす。これ大なる自力ならずや。吾友よ、汝等は常に汝の本性に安んぜよ。仏に諂ふ勿れ。汝の心大道を外れん事を懸念する勿れ。汝の意仏意を疑んやを杞憂する勿れ。将来惑ふ心起らんかと恐怖する勿れ。汝等常に汝の心に向て云へ『我心よ惑へゞ惑へ、我心よ疑はゞ疑へ、我心よ狂はゞ狂へ、我心よ背かば背け』かくて汝は常に汝の本位に安住せよ。汝の本性を改むる勿れ。而も如来こゝにあり。救ひの手此にあり。永遠の安住は茲(こゝ)に汝の胸中に湧き出づべし。  

五七 他力信者と「ゼミゼラブル」。
 他力信心の行者、如来聖人の御用を務むる行者は是非仏国の文豪ユーゴー著ゼミゼラブル中の僧正『ミリヱル』及主人公『戎瓦戎(ジャンバルジャン)』の決心と心懸なかるべからず。僧正が戎瓦戎に対する態度は、特に彼が僧正の恩眷をも忘れ、銀の皿を盗んで憲兵の手を以って僧正の前に引きすへられた時の僧正の態度は、奈何に無我に奈何に清浄に奈何に寛裕なるか。又戎が僧正の徳化によりて生涯奮闘せる中にも、特に彼が斑井市長として徳望一生に高き名誉も、尊敬も平和も光明も捨てゝ、自已の名によりて拘引せられ又終身刑を宣告せんとせられつゝある馬十郎の事を聞き、全力を以て馬車を法廷に駆り遂に彼の冤(むじつ)を告げて自ら刑に伏するに至れる行為の崇高なる勇敢なる神聖なる、予は実に吾等処世の真乎(しんこ)の標凖なりと敬慕措く能はざるなり。吾又誓ふて僧正の寛裕無我清浄と戎の勇壮公明奮闘を飽く迄身に実現せずんば止まざらん。  注意ゼミゼラブルは黒岩涙香氏の手によりて『噫(あゝ)無情』と云ふ題名の下に上下二巻として訳せられつゝあり。                       

五八 予の愛読する二文。
 予が愛読せる蘆花氏の『自然と人生』中、左の二文あり。予の尤も愛読する処なり。『昔画家あり一画を描きぬ。他の画家は更に富且つ珍なる色料を有(も)ち更に目ざましき画を書きぬ、然るに此の画家は唯一色を以って画きしに画には不思議なる光輝ありき。他の画家来りて問ふ。『卿(おんみ)何処(いづこ)より其色を得来れる乎』と、彼は微笑し頭をたれて画きぬ。画は益々紅になり画家は弥々(いよいよ)白くなれり、ここに或日画家は画前に死しぬ。彼を葬らんとて衣を解きけるに彼が左胸に古き疵あるを見出しぬ。人は尚謂へり。『彼は何処より彼の色を得来りしそ』と。程経て画家は忘れられぬ。これ、オリーブ、シュライコル著「画家の秘訣」の訳文なりと。他の一文は蘆花が風景画家『コロオ』を画きし文中『彼は多年の経験を積んで解剖的に物を描かんよりも、吾見る処を画かんと務めぬ。渾(すべ)ての事に於て老熟に至る迄の間には人は多く効(なら)ふ所なからざるべからず。又忘るゝ処なからざるべからず。『コロオ』の如きも其の知る処の瑣事を忘れ、見る処の小部分に瞑目し、除き且抑へ、一個の大画を纏繞(てんにょう)する幾多の小画趣小風景を削り去りて、初めて一幅の画を成しぬ。彼は先づ解剖的に自然を描きしなり。彼が画の渾熟(こんじゅく)広濶(こうかつ)なるは精確なる智識に基いて起れり。其の自由自在なるは事実に忠実なるより来り、其の感情の馳騁(ちへい)縱なるは道理を離れず縄墨を忘れざるに伴ふ。彼は先づ自然を見るに尤も忠にして尤も自然を描くに忠なりしか故に、尤も自由なる詩的なる風景画家たるを得たりき。古来幾多の画家、彼よりも美なる風景を画きしものはありしも未だ彼が如き渾身皆詩なるはなかりき。彼は真に無声詩人なり。他の描く処は多くは色あるの散文、彼は即ち真手無声の詩を画けり。事業は実に人物の影にして、画家が造次にも画く所の一枚一枚は、白日世間に自家の肺腑を曝(さら)すの懺悔録たるを思はざる能はず。コロオの画はコロオを描きしなり』と、何事も其の極に達し又真を描く人は画家たると詩人たると剣客と僧侶とを問はず常に一道を走らざるべからず。此の一道又実に如来本願の誓約道なり。  

五九 真に求むるものは真に与へらるゝものなり。
 吾は人に我欲するもの送附せん事を詫(たく)す。其の来る迄待たるゝ事甚し。待つは楽しく又苦しきものなり。吾我が欲するものを他に造らせんと欲す。出来上る迄、事の大小軽重によりて存外に手間を取るものなり。随ってなかなか心せかるゝもの、はがゆく思はるゝものなり。心せくは希望ありて楽しきものなれど、はがゆくまちこがるゝは又なかなかに苦しきものなり。されど吾等如来の御恵を受け、其の慰安を得んと欲するは、尚ほ響の声に応ずるが如く、求むる時直に与へらるゝものなり。否真実の趣求渇望は同時に真実の廻施恵与なり。又吾等、如来に依れる徳者の荘厳美麗なるを感じ、吾又此の如くならんと望む時、吾等は形こそ変われ直に之を実現し得らるゝなり。何となれば如来に依る善行は日常一々の動作に現し得らるゝものなればなり。否吾等其の之を実現せんと早iうらや)み渇望するとき此の心既に報ひられたるものなり。豈に張り合いよき事ならずや。吾等は其の時日を要せねばならぬため長く待たねばならぬ様な張り合いのわるい、碍り多き浮世の事を渇望せんよりは、直に報ひられて碍りなき如来の慰安と如来に依る徳行とを渇望すべきなり。  

六十 一念の意味。
 我友よ、汝等決して一念一念と云ふ言葉に封せらるゝ勿れ。一念と云ふはたのむ同時の御助け、換言すれば、たのむのが助かりたのだと云ふ事で、如来救済の迅速なることを教へたもふ言葉なるぞや。故に一念の時往生すると云ふは唯如来の御慈悲によりてのみ救はるゝと云ふと同一意味なるぞや。又名号六字のおいわれ、助けてやらうの善知識の言の下に、己を忘れたことなるぞや。  

六一 厚信者は行に偏するやうに見ゆ。
 酒を飲むと人はくだまき、餅を食ふと人はねむくなるなりで人の談話中にも坐睡するものなり。信を得ると念仏の行は自然と出るものなり。酒を飲むとくだをまき、餅を食ふとねむくなるなと申すは、酒ものまず餅も食ぬ間の事なり。信心正因称名報恩と水際立て居る中は信心もなく称名もなきものなり。信心決定の人は酒を飲みし人の管をまく如く、餅を食ひし人の坐睡する如く念仏ばかりを喜ぶものなり。随って亭主の好物を客にふるまふて、人に語るも行に偏するものなり。古来厚信の者は僧侶をとはず行に偏する様に見ゆ。又概して世間より口称募り、異安心と許せらるゝものなり。  

六二 絶対他力の徳音。
 Let not unskillful hands   Atempt to play the harp whose tones   Are left forever in the strings  音律永久に響ける琴線に拙き手を触るべからず、(西哲の言)   如来の御助けに向ひまつりては凡夫自力の計ひの手を加ふべからず。  

六三 プラトーの至言。
 The God's o men, seems to me to be really wise; and by His oracle to mean this that the wisdom of this world is foolishness, and of none efect.  オー人々よ、予を以って是を見るに如来は実に真智者なる哉。如来の真智に比し奉れば此の界の智識は愚にして又何等の実を結ばざるものである。  

六四 アンダーソン曰。
  Nuts are given but they are notcracked for us.(Anderson)  胡桃は与へられたり。されど其の殻は未だ破られず、と。又、月影の至らぬ里はなけれ共、ながむる人の心にぞすむ、と。正覚は十劫暁天に成就せられたり、されど吾等は此の正覚の何の為に出来たるやを知らざる為に月を見、又実を食ふ事能はざるなり。  

六五 規尼涅(きなねん)と念仏。
 瘧(をこり)の特効薬は規尼涅なり。故に瘧を患はゞ速に塩酸規尼涅を服用すべし。斯(か)く特効薬の発見せられつゝあるにかゝわらず、世に種々の薬ありて瘧に特効ありと称す。実は規尼涅に他の不用の薬を混じたるなり。之を売るものも愚、之を用ゆるも又愚なり。況や規尼涅を用ひずして迷信に耽(ふ)けるをや。念仏は吾等人類の病根唯一の特効薬なり。然るに世是を直に用ひざるの徒多し、嘆ずべき哉。  

六六 還相廻向の本願に感謝した。
 予は此度の大病によりて死に頻した時初めて第二十二願還相廻向の利益の有り難き事を深く感じたり。  

六七 犬同行犬仲間。  三河の政右衛門云く私の村に極く我慢な賭博家(ばくちうち)がありたが、村の富豪の婚礼に招かれて暴飲のあまり席上思はず嘔吐を催したが、吐き出すは無礼と、例の我慢を出して、アッと吐き出した穢物(へど)を手で受けて人の知らぬやうに又之を食ふて終ふた。爾来(それから)村中の人々が此の人を犬々と云ふて、名を呼ぶものがなかったげな。口へいれるまでは結構な御馳走だが一旦噛んで飲み下したら、もう糞か穢物の外はない。若し此の穢物や糞をとりあげたら、犬と云はるゝより仕やうがない。 如来の御助けは受けるだけ、戴くだけで、受けた所や、いたゞいた思いをとりあげたらもう、犬の仲間になりたのだ。やれこう戴けたの、やれこう受けられたの、これが信だの、安心だのと、凡夫の思いの詮議をしたらもう犬同行犬仲間だげな。  私等は腹がすいたら飯を食ひさえすればよいげな。一旦食ふものはもう御座へは出せぬげなと。  御助けはすらりすらりと受けて、受けた所を見ぬ。受けた功がない。唯いつも御助け丈で事が足りるで真の絶対他力と云ふものぢやが、古往今来兎角犬同行犬仲間が多くて、穢物の議論ばかりして居るは残念な事である。だがかく云ふ昇道もやつぱり性来が犬と見えて人をわるく云ひながら自分がいつのまにか、飯を捨てゝ穢物や糞の方へばかり行きたがる、困りた事ぢや。  

六八 たのむ一念と云ふは案じ初めだぞや。
 三河の長松、詫(たく)の島の政右衛門の宅に於て参集の人々に向ひ『たのむ一念と云ふは案じ初めだぞや』と。一同顔色をかへて、座を進む。長松曰、いやいや『たのむ一念と云ふは信じ初めたぞや、信ずると案じられる、舟に乗ると落ちはせんかの案じがついて来る』と。  

六九 今がきゝがかりぢや。
 長松士同行の前で、私は今がきゝがゝりぢやと。一同呆然たり。其の後三年ばかりたちて某同行が先年貴方が今がきゝがゝりと仰せられましたが、今日では如何で御座りますと。  長松士云く、いやいや今もやつぱりきゝかゝりぢやと。
 註して曰、私はいつ安心が出来た、いつ信心が戴けたと、手取早く片附けたいが私の心中なれど、片づけさせて下されず、いつも今始めてのやうにきかるゝが仏智の御働きで御座りますか。  

七〇 なでつけぢやなでつけぢや。
 水井吉郎右衛門に対して、或る同行云く。外の人達は貴方の御育てをなでつけぢやと申しますと。  水井士曰、なでつけとも、なでつけとも、それでも如来様のなでつけ下さるゝ百万分の一にも及びませぬと。  

七一 私の領解はどこかに預けて置かるゝ所があるそうな。
 平坂の宇兵衛老人曰、私の領解は御法中に預けて置く訳にもいかず、又私の胸の中に預けて置く訳にもいかず、どこかに預けて置かるゝ所があるそうな。  註、香樹院師の褄(つま)の上り下りは着物着て居る中の話。裸体のものにその議論はないとある思召と同じく、唯如来の御助けを仰ぐばかりの領解で御座りますか。  

七二 半蔵と直吉。  赤羽根の半蔵と言ふ同行、御領解をのべながら此の我身は悪しき徒者なりと思ひつめてと仰せられますが、私はどうしても思ひつめられませぬ、御聞せ下されと云ふと、  直吉同行の答に、我身は悪しき徒者と思へとの善知識の仰せは、いかぬ者をやれではないの。それも思えんやうな此の私を御助け下されますと信じてはいけまいかいの。  

七三 此こと一言はわすれぬやうに。
 平坂村宇兵衛曰く、嬉しい心も、有り難い心も、なんでもない心も、なにもかも皆見ぬいたうへで、助けてをくれますげな。この事ひとことはわすれぬよふにしてもらいたいものぢや南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。  

七四 まけて行く人。
 まけてゆく人をよわしと思ふなよ 智慧の力のつよきゆへなり  

七五 影を離れると云ふは天上の月に向ふことぢや。
 今度はさつぱりと機にはなれてしもうのぢやぞや、機にはなれぬと云ふのは月を背負ふて行くが如し、いくら急いでも影をふまずにゆく事はいかぬ。影をはなれると云ふのは天上の月に真向きになることぢやぞや。(冷香院師)  

七六 信ずるたのむと云ふは。
 あれや是れやと機にはまりて居る事でない。願力の不思議で助けられると大丈夫に落ち付く事ぢや、それが信ずるたのむと言ふことぢや。(冷香院師)  

七七 三願転入。
 或る人の話に、寺へ参りて今日は聞かねばならぬと思ふは十九願、聞て念仏を称へねばならぬとなりたが二十願、口へ称名称へてもあかぬ、弥陀の御慈悲一つとなったのが第十八願の門に入ったのぢや。もを此からは後念相続ぢや。  

七八 此機が落ちる機ぢや。
 越前吉郎右衛門、三河の長松、伊賀の三右衛門、三人で京都本山へ参り、御真影様の前にて、うつむいたなり。吉郎右衛門は頭をあげられぬ故、長松見かねて、『それはどう云ふ事で御座ります』『此機が落ちる機ぢや』と、長松は『そを云ふ事で御座りますか』、又三右衛門士も『そを信ずるで御座りますか』と三人一度に立ち出で下向せられたと言ふ。  

七九 自力の計のつきたと云ふは。
 吉郎右衛門、自力の計ひの、はなれたと謂ふことを御聞せ下され。如来様は一目もをがみともない、御本山へは一文もあげともない、念仏は一声も称へともない、もうさつぱりとしたものぢや。  

八〇 あなたがつれて行って下さるげなで。
 伊勢国桑名の久兵衛が三河国へ御出(おいで)の時、心安く御相続なさるゝ故、法体つのりかと思ふて居た同行が領解をのべて、是では間違は御座りませぬかと言ふたれば、私は初参りの事ゆえ存じませぬが、あなたがつれていって下されますげなで、あなた様も御出なされと言はれし時、有り難い人ぢやと思ひましたと。  

八一 助けて貰ふばかりぢや。
 吉郎右衛門士病気になり、見舞に参りし同行に言れるには、臨終間際となりて、聞いた事もなくなり、念仏もちっとも申されませぬ、さっぱりとした物ぢや。こんな者はどふなるか一言言ふて見てくだされ。同行もいわれませぬ御聞かせくだされ。  答に、助けてもろふ計りぢや。  

八二 たのみきらひとすき。
 仰せに、たのまにやならぬ たのまにやならぬと云ふものはたのみ嫌ぢやぞや。お助けをきいて喜ぶものは、たのみずきぢやぞや(香山院師)  

八三 諸仏で動かぬほどの罪と疑。
 又仰せに諸仏で動かぬほどの疑と罪を、私でどうしやうと思ふてもいかぬことぢや。如来様が其まんまで助けてやると仰せらるゝのぢや(同 上)  註唯有難いと云ふより外はない。  

八四 己は地獄行きぢや。
 雲閑師の、或る同行が法をきく時はよいが、其の場をさるとこんな機ではと思はれますと云ふに答えて、お前は善人だと見える、己は地獄行ぢやわえのう。  註。地獄行きなら、こんな機もあんな機もあったものぢやない。  

八五 足利師法話。
 ひとへに仏の御力にて助け給わるなれば、たとひ歓喜の心起ればとて是にて参ると思ふべからず。喜びのなければとて、かくありては参られまじときづかふべからず。唯いつにても思ひ出せしときは今の心のなりにて助け給ふとは、有がたやと思ひて称名相続するばかりなり。それにて往生ちがうことあれば仏も蓮台には居らまじきと約束したまひし上は、さらにきづかひあるべからず。唯この浅間敷(あさましき)まゝをおとさぬとある仏をたよりとして外に何事も考へるに及ばず、難有(ありがた)き心起らずとも御礼の称名わするべからず。  不定のさかいに候へば誰か先達申すべきやらん。一日も油断ならず候へば必ず必ず御慈悲を思ひ出すことを忘れざる様に心がけすべし。我心をさぐりて案じ候へは、わやわやとわからぬまゝになるべければ、それはまゝよと打捨てゝこのまゝ御助けと喜ぶべし。喜ばれぬときは無理に喜ぶに及ばず、唯称名して御助けをまつばかりにすべし。往生浄土の望なきには非れども常に世にまじわりて、道心も起らず浅間敷く、あかし暮すにつけても、時々往生を思ひ出し、此の有様にては御助けあるまじき事ならんと、きづかふはあやまりなり。かゝる、けだいのものをすくひ給ふ大願業力の有がたさを喜ぶべし。我心をいろいろ案じまわして是にてよきか、悪しきかと願力のてづよき御手元を外へとりのけて置きて、いらぬ心配をなすべからず。いつにても未来のこと思ひ出す時は何事も引受けて助けんとある御呼声をあをぎたてまつるべし。そればかりにて何時恐ろしき病にとりあひ、称へず念ぜずして、くるしきまゝに命終るとも蓮台にて、まなこをさまさせ給ふことを一念発起平生業成とは仰せられたるなり。(足利義山師法話)  

八六 信空上人御歌。
 妄念の口によりいづる六の名の 外に助かるみのりやはある  

八七 よごれぬものは声。
 すゝはきやよごれぬものはこえばかり
 お浄土より此世にあらわれて、少しも此世の汚れを受けたまはぬものは貴方のたすけるとある仰せと念仏ばかりなり。  

八八 先手がかけてあるで。  さあさあ同行衆、うろたえて居ると阿弥陀様が、連れて御出になるぞ。ぐずぐずして居ると、阿弥陀様に、つかまへらるゝぞ。断りの返事がおそいと仏になるぞ。むかう様が早いぞ、手ばやいぞ、先手かけてあるので、まけるぞまけるぞ。(開悟院師)  

八九 今生きて居るまゝで。
 私一人を助けることにこまる親様ではない。我身は大悪人地獄より外に行きどころのないものなれども、今よくもなられぬ、殊勝にもなられぬ持ち合せの心のまゝ今生きて居る心のまゝで息がきれたら仏にするとあるが、此まゝで仏にするではわるいかどうだ。(雲溪嗣講)   

九〇 素人の何にも知らぬまゝで助けて下さるゝに違いない。
 こんな悪人を何にもせずどうもなられぬ生れつきのまゝで往生させて下さるゝに間違ないで、きもふとく落ちつけ。玄人(くろうと)で助かるではない。素人の何にも知らぬまゝで助けて下さるに間違ないで喜べ喜べ。(雲溪師)  

九一 弥陀に任せてしまふか上分別だ。
 阿弥陀様がなあ、きつと助てくださるで腹をふくらかして安心せよ。あきらめて居て地獄へ落るなら是非がないが、よく思案してみよ。火の柱をだいて無量永劫くるしむにきまつて居る私を世話いらず助けて下さると仰らる、弥陀に任せてしもふが上分別だ。こゝは一番すてゝ置く処ではないひ、大事に聞け、よくきけ。聞いて見るとむつかしひことはなひ、此悪人を助て下さるとは親様の御不思議なればこそと、御任せ申して仕舞ふて見れば、やれ嬉しやとなる。これより外におくふかき事はなひぞ。是が一念帰命の信心だ。こふ聴聞して見ればこっちのかたは念仏申すばかりだ。(同 上)  

九二 王法を守れ。
 人の人たる道を守るは信不信にかゝわらず守らにやならぬ。瓜(か)田に靴を收めず梨下(りか)に冠を正さず、君子の教へにもある如く、よく今日の行ひを心に用ひて日を送れ。  

九三 我機の出来不出来によりて御助けを疑ふな。
 大悲の私を助けるか助けざるかをよくよく聴聞すべし。我が機の出来不出来により如来様の力らを計ふよふになるは大なる誤なり。この大悪人を助けるちからは必ず大悲にあるで、只大悲の仰せにまかせてしもふが一の手だ。(同 上)  

九四 小言なしに腹一杯安心せよ。  我が機はどうあろうとも如来様は少しもをこまりはなされぬ。きっと助けると仰せられたで、真受に聞いて小言なしに腹一ぱい安心せよ。そのあとは念仏申し申し御崇敬大切にせよ。(同 上)  

九五 仏になるは易い、そんなむつかしいことではない。
 敬三九(けいさく)や仏にさえして下されたらよかろうがなあ。なにが不足でそんなに小言を云ふた。そんな心では仏にはなられぬ、仏になるにはもっとやすい事で、そんなむつかしい事ではないぞや。仏になるにはなあ、阿弥陀様のおっしゃる通りになるがよい。其の方が未来の大事は心配するな案じるな、をれが助けてやるで、をれをたのめ、をれに任せよと仰られて下さるで、そんなら私の後生はあなたが助けて下さるで御座りまするかと、あゝもこうも、なんにもなく、しようのない、このまゝとは尊方(あなた)なればこそと大悲にふりむく一念がはや往生は如来様が引受けて下さるで、こんな難有(ありがた)い事はない。やれやれこんな奴を御助けとはと、大悲に向て念仏申す計りだ、難有いなあ 難有いなあ 難有いなあ(同 師)  

九六 田原の園女と法中(ほっちゅう)との問答。  
「おそのさん御前は」
「はい遣(や)つて貰ひます」  
「それでは、私は通すが、世間が通れまい。首切り南無ぬけと云ふであろふ」、  
答。「行かるれば行きます。行かれぬに依りて遣つて貰ひます」  
問。「受け心はどうじやえ」  
答。「大火事の最中で御座ります」  
問。「御文に思ふ心ひとつにてとある、思はれますか」  
答。「思ふ時もあり思はれぬ時もあり、聞せて下るれば御助けと思はれます」  
問。「思ふ時は御助け、思はれぬ時は、どうなります」  
答。「思ふ時も御助け、思はれぬ時はなほ御助け、おもらしのない御慈悲、そのゝ根こそげの御助け」  
問。「疑ひは有るかえ」  
答。「助けて遣(や)るとある後も先も存じませぬ」  
問。「おそのさん おそのさんと、どうして云ふぞえ」  
答。「其の名号其の名号と仰せられます。そのが名号だけに御座ります。それ故そのままと聞かせて貰ひます」  

九七 助けて下されますともお待ちかねの悪人だもの。
 おその同行、豊橋御坊にて大ぜいうちより、御相談の最中に、六十ばかりの老母、御障子ぎわに居りながらとうから声をかけて、「おそのさん御前様たちは、よう喜んでいられます。おけなるう御座ります。私のよふな愚かなものは阿弥陀様でも、よふ御助けは、ありますまい」。その声をきくよりすぐに、その人の方に向ひて南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と六声ばかり念仏を称へて、「助けて下されますとも悪人だものを、御待ちかねの正客ぢやものを、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」。  

九八 喜んだら阿弥陀様のもうけ喜ばなんだら買ひかぶり。
 或る女同行、領解をのべて、人様はよふ御喜びなさるが私は誠に愚かに御座ります。信心を得たつもりで爰(こゝ)が不審で御座ります。おその同行の答に、よふ喜べば阿弥陀様の御もうけ、喜ばなんだら阿弥陀の買ひかぶり、私の往生に損はたちませぬけな南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。  

九九 往生一定の願下げは叶はぬげな。
 おその同行えさる女、同行の尋ねに、「愚な日暮しをするに付いて、若し聞き違ひではないかと案じます」。おその同行いはく「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏愚かな日暮しも御懈怠の出来たのも後で気が付いて御懺悔すれば皆御ゆるし下さるげな。が一度往生一定と定まりた身の上が往生一定の願ひ下げをしても、その往生一定の願ひ下げは叶ぬげな。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」。  

一〇〇 たのむと云ふは(其一)。
 おその同行え、憑(たのむ)と云ふ事が知れませぬ御聞かせ下されと云いければ、「はいはい南無阿弥陀仏の価値の知れた事だげな」。  

一〇一 たのむと云ふは(其二)。
 おその同行え尋ねに、「たのむと云ふはどふ云ふことで御座ります」、答に「憑(たのむ)と云ふは善知識の御袖の下にはいかゞむ事だげな、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」  

一〇二 若不生者の若しはそのが云はせました。
 若不生者の、もしと云ふ御言葉は此のそのが云はせましたと、云ふては落涙して、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。  

一〇三 それはむきどころが違ふ。安心は浄土に向ふて参られるか参られぬかぢやない如来の呼声に向ふ所にある。
 或る人云く、私は如来の御本願は虚とは思ひませぬが今死ぬと取りつめて見ると、どふも心が判然と致しませぬ故、是では信心を戴ひたのではあるまいかと思ふて安心が出来ませぬ。和尚云く、御前は今死ぬるとした時、判然と御浄土参に間違ないと思ふを信心と思ふて居るか。或る人云く、左様で御座ります。和尚云、それが間違なり。能く水際を聞くべし。御浄土参りに間違ないと思ふが信心ではない。信心と云ふは本願を疑わぬが信心なり。そこで本願に疑ひさえなければ其の外心がどふあろうとも大事ない。 或る人云く、それなら今死ぬるとして見た時に心がぼんやりとして居ても、よろしゅう御座りますか。和尚云く、そふぢや、心がぼんやりとして居ても、それなりを如来様が引請(うけ)て参せて下さるゝなり。全体凡夫は心のぼんやりしたものなり。自分は凡夫で有りながら心のちりみだれるを気遣(つか)ふは何やら分らぬでないか。それよりは心の判然とせぬに付ても是でこそ凡夫なれ、凡夫を助けて下さるゝが如来様の御約束なれば、私こそ弥(いよいよ)御助けに預るに間違ないと喜ぶべし。又凡夫は心のぼんやりとしたのが自性ゆえ今死ぬるとした時にいよいよ御浄土へ参れるか参れぬかを思ふて見ても、いよいよ参れるに間違ないと明かに思はれるものではない、若し思はれても、そふ思はれたで参れると思ふたらそれは間違なり。御浄土へ参るは間違ないと思ふたで助かるではない。何故なればそれは信心ではない故に。御浄土へ参れるか参れぬかを思ふて見るはいらぬ心配なり。御浄土へ参れるか参れぬかは如来様の心配下さるゝ事柄なり。凡夫の案じる事柄ではない。若しそれを凡夫が考えたら如来様の請持(うけもち)の仕事を凡夫がすると云ふものぢや。凡夫でいらぬ心配なり。参れぬ参れるは如来様が五劫が間御考え下されて、参れぬ筈の者なれども本願の約束で必ず参らせてやるに間違ないと呼で下さるゝ。凡夫の方では唯其の御言葉を目的に信ずるばかりなり。故に御浄土へ向て参れるか参れぬかを案じて見ては千年を経ても間違のないと安心の出来る時節はない故に、参れるか参れぬかを案じるよりは御助下さるゝか下されぬかを思ふて見るべし。そうすると何時思ふて見ても、如来様の御約束はそのまま助くるの仰せの外はない故に、何時思って見ても御助けの間違はぬ事は思はるゝなり。然るに如来様の仰せは除いて置いて、浄土へ向て参れるか参れぬかを考える故にしかと安心が出来ぬなり。それは向き所が違て居るなり。安心は浄土へ向て参るに間違ないと安心するではない。如来様の御呼び声に向て安心するなり。助けてやる参る事を引き請(うけ)てやると云ふ御呼声に安心するなり。(七里和上)  

一〇四 受け持ちがあるで、請(うけ)持ち違いをするではない。
 或る人云く、信心を得たが分りませぬ故に心が落付ませぬ。和尚云く信心を得たか得ぬかを心配をするは、教える人の請け持ちなり。能聞(きゝて)の請け持ちの仕事ではない。すべて請け持ちの仕事が有りて、御浄土へ参れるか参れぬかを考えるは如来様の御請け持ちゆえ、五劫が間考えて下された。信心を得たか得ぬかを心配は善知識様の御請け持ちの仕事なり。凡夫の方には唯一筋に聞いて見れば、丸々助けてやるの御勅命故、それに打ち任せて有難やと戴より外はない。心配は丸で如来様や善知識様が引き請けて下さるゝ故に、此方には更に世話する事はいらぬ。尊方(あなた)に打ち任して置くばかりなり。(七里和上)  

一〇五 戴いた時はよいが、あとが又くよくよ。
 或る人云く、私はどふも戴た時は有難いともござりますけれども、我家え還りますと、又胸の中がくよくよと思はれてなりませぬが、何がでござりましょう。  和尚云く、彼方はなあ、阿弥陀様の深ひ御慈悲と云ふ事が御分りになりませぬから其の案じが止みませぬ。幾ら御信心を戴ても煩悩の悪心は少しも変るものではないから如来様が我々を善人とは仰せられぬ悪人ぞよ、其の悪人が善人より、己れが可愛いぞよ、其の悪人ぢゃから御浄土え参る事がならぬから、後生は己れが助けてやるぞよと呼で下さるゝは、御阿弥陀様ばかりぞよ。娑婆の親でさえ、いくたり子が有りても親の涙だの種となるは一番の子くづぢゃぞよ、夜我子を抱いて寝て居ても其の子が足を出すやら手を出すやらすると親は捨てゝは置かぬ。我が懐えかい込みかい込み入る如く、大悲の親様は、幾ら戴ても戴ても悪い心の止まぬ我々ぢゃから、其の悪いと云ふ事を、蓮如様の仰せに、よく承知して助け在(ましま)すべしと仰せられた。其の方の悪ひと云ふ事は悉く己れが承知して居るから、助くる本願を立てたぞよ、そのまま己れに任せよとある事ぞよ、其の心を蓮如様の仰せに、罪業の浅間敷(あさましい)者は皆悉く弥陀に任せ参らせて、と仰られて下さるゝ事ぞよ。後生は御浄土え参ると決定する事ではなひ、とても御浄土えは行けぬと決定するより外はなひ。後生の一大事は渡いて下さるゝ御阿弥陀様がたのみになる計りぞよ。後生は何程明らかになりましても当流の安心ではなひ。我が聖人の仰せにも往生程の一大事凡夫の計ふべきに非ず、偏に如来の誓願力に任すべしと、御決得で有ります。当流の信心は唯不思議の願力に助けらるゝと決心するので御座ります。(七里和上)  

一〇六 いくらきいても悪い心中がなほりませぬ。
 或る人云く、私は幾ら聞ひても戴いても悪い心中が直りませぬで如何と案じられます。和尚云く、それぢゃから御阿弥陀様は我々を善人とは仰られぬ、汝は悪人ぞよ其の悪い心が直らぬから御浄土えは参られぬぞよ、参られぬから己れが助けてやるぞよ、そのまま来いよと呼んで下さるゝ事ぞよ。そこでなあ、蓮如様の仰せに、後生は弥陀に任せよとも又後生助玉へとも仰せられた。又仰せには後生助玉へとたのみ申せば、此阿弥陀如来は深く喜び在してとも仰せられて有りますから、悪人ぢゃから如来様が助ておくれるのぞよ。其の上へには御礼に金を出せとも非ず、行ぜよとも非ず、又心を止めよとも仰せられず、唯だ能く常に如来の御名を称へて大悲弘誓の恩を報ぜよ、と唯口に任せて南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と称べきなりと仰られて有りますから、御報謝の称名を心にをかけなされや。(七里和上)  

一〇七 仕事訳。
 くよくよするは煩悩の仕事なり、其の中より念仏するが行者の仕事なり、未来往生の計は、阿弥陀如来のお仕事なり、(阿部慧行師)  

一〇八 唯だ大悲の誓願を真受けにうけてきけ。
 うそにも喚びてのない、追従(ついしょう)にも招きてのない私如きの悪人を、大悲の親様は汝一心正念にして直に来れとよんで下さるゝは外の人ではない、私一人と御受け申せ。ちらばちれうごかばうごけ我心とそのまゝをいて、唯だ大悲の御誓願不思議を真受に受けて聞くが肝要なり。  

一〇九 農事と仏法。
 農事に力を入れる者は道を行くにも迂濶(うかつ)にはせぬ。馬糞などは勿論、草靴の片でも、馬の靴の破れたのでも、乃至は又古縄一きれでも直に持ちて来て田に入れるものだだ。まして念仏の行者は何でも我身に引うけて何を御縁にしてゞも御恩を喜ばねばならぬ。(阿部慧行師)  

一一〇 田の草と煩悩。
 田の草と云ふものはそのまゝにして置くと、まことに稲の毒になる。其れを抜いて稲の根の所へ突きこむと稲の肥となりて稲をわだゝせるものだ。(同 上)  

一一一 丸柱と云ふものは。
 丸柱と云ふものは木の皮をむいたばかりのものではない、皮をむいて墨縄打ちて四角に八角に十六角に段々けづりて、数限りもなく角をこしらへて出来上りたものだ、此節は木をむいたものを丸柱と心得るものが多い。(阿部慧行師)  

一一二 信心と嫁御寮。  嫁と云ふものは、いくら何でも寝所にばかり居りては所詮はない。台所へも出て働き、座敷へ出ては行儀正しく、百姓ならば田畑えも行き、商人ならば客の応対もせねばならぬ。  御信心も丁度そのやうなもので至る所に働きがなくては残念の事だ。(同 上)  

一一三 疑ひながら往生。
 疑は愚にして道理に迷へる故也。愚鈍無明の身なれば本より凡夫に備はれる心なるべし。真解脱に至らずば無愛無疑の体とはならじ。真解脱に至り得て後に生まる浄土にはあらず。煩悩具足して、迷ひ深き者の、而も往生を遂ぐる本願なれば誠にたのもしき也。高祖上人の『疑ひながらも往生する也』と慥(たしか)に教へ給ひたるぞ。身にもあまるまでありがたくも貴くも覚へ伝える。(恵空講師)  

一一四 自力の信は他力の疑也。
 自力の信は則ち他力の疑也と云ふ事あり。『大経』の下にいはゆる罪福を信ずるは聖道のよき信なれども、明信仏智の前には疑の張本たり。然れども又罪福を信ぜざるは最も邪見也。  

一一五 信も心也、疑も心也、往生は我心にては叶ふべからず。
 信と云ふも疑と云ふも心也。我が心にては生るべからず。生るゝは法と願力の徳也。義を捨て理を離れて、仏助け給へと頼みだにせば善心なるも智あるも愚なるも浅くも深きも猛利なるも明了ならざるも、一切の心皆往生を得しむ。何ぞ聞きわくるなど沙汰しあはんや。知らで叶はぬことあらば知れと教へ給ふべし。いたらで叶はぬことあらば習ひゆけと示し給ふべし。凡そ往生に又いることあらば、ともかくぞと言ふべし。然るに何ののぞみもなく一つの定めもなし、唯たのみ参らするばかりなるとはことに知りぬべし。(恵空講師)  

一一六 計ふも計らひ計らはぬも計ひ也。
 凡そ一切の諸機は総て浅心なり。仏の本願を深心とすと釈せるも知られぬべし。  又法然聖人『興(おこり)御書』は、機は十方衆生、心には助け給へと思ふ計りと云へり。又『愚痴に帰りて往生をす』と也。自力の家には智慧を教うるを教とし、他力の家には愚痴になすを教とす。深く悟り清く念じて入りたるは其の心聖道の旨(むね)也。ともかくもわずらはしき御計らひあるべからずと言へる祖師の御意にはうらさま也。  広大善根の故に摂取不捨の故に往生の業決定す、と法徳を信するさへ若しことわりにかゝりて故を正すは、猶ほ自力の計らひになりぬと言へるぞや(末燈鈔)。計ひも計らひ也計らはぬも計ひ也。かく云ふも計らひ也。かく思ふも計らひ也。はからひは我が心の名也。唯仏に任せ参らせぬるを計らひなきとは云ふ也。  

一一七 己を忘れてたゞたすけたまへ。
 機の上に於て、信行をもちならべて浅深前後厚薄具否を沙汰するは、すなはち自の三業を以ってするなり。経に『謂所然猶信罪福』の信にして明了仏智不思議の信にあらず。されば信とも行とも欠るとも具はるとも至心信楽だにも、なををのれをわすれてたゞたすけたまへとたのむを他力金剛となづく。これを義なきを義とすといへるなり。わが力たよりは無願無行の身なれども、仏の方よりいへば往相廻向の願行具足の身なり。我身は無一願行の身ながら、すみやかに報土に入る。これを仏智不思議とも難思の仏願とも別意の弘願とも超の利益とも云ふなり。(慧空講師)  

一一八 六字のいわれ。
 六字のいわれをきくとは御助けの法のまゝをきくこと。御助けをきくまゝをたのむとは云ふなり。きくまゝをきくにあらず、まゝの沙汰までいらぬ事をきくなり。御聞かせの聴聞の法によくきく能帰(のうき)の機までも成就してある故に、きくまゝを信心と云ふなり。後生助けたまへとたのむ能機の体は摂取なり。御法(みのり)の法のまゝが私の領解とは此事なり。実言の外に信心なし。生れられぬまゝ、生れさそうの仰せきこえたれば、成らうのつもりはいらぬ事なり。きくとは、きく心を離れて御聞かせの法味を甘ずるはかりなり。  摂取してすてぬとある大悲のまことがきこえてみれば、助りたいがいらぬ、落ちまいかがいらぬ。仕上げることがいらず、唯実言の働きを仰ぐばかりなり。如来永劫の修行を全体施名として施す法なれば百千音声の法なり。音声の法なれば六字のいはれをきゝひらくなり。  六字の謂とは『助け上手』をきくなり。しかしきくとはいへども声と言葉は心の使なり。故に声に離れ言葉に附かす、聴聞にわかれ、阿弥陀如来の御心知る一つなり。知るべきを知るに非ず、知りた心に目をかけず、信心の功を見ず、所信の法の功を知る一ツなり。阿弥陀の三字をオサメタスケ、スクフとよめるいわれあるなり。機の造作を離れて、唯大悲の実(まことを仰ぐばかりなり。(香樹院師)  

一一九 助からぬものゝ助かると思ひとりて。
 今度の一大事の後生おのが善悪の計ひをすてゝ、たゞ弥陀仏に助けられて念仏申すより外なきなり。其の教化にあい奉り候得ば、たゞ己が助ると思ふ心になり、なれぬ身を知らずに成られることのように存じ候が、無始以来の自力にて、此度其の心に執心がやまぬが不便さに此の心は万劫のかたきなりとあらわされたり。是に依って助ると思ふ心を待つにあらず、しらべるにあらず、本願に助けられると御聞かせにあづかり候へば、助ると成れたが助かるにあらず、助からぬ者の助かると思ひ取りて念仏申すが肝要の御事に候也。(香樹院師)  

一二〇 唯称ふるばかりで。
 嘉永三年九月某日、或る同行、師を剣先の寮に伺ひ申しけるか、仰せに、  必らず、六ヶ敷いことを云ふな、地獄へ堕るものをこのまんま、助けて下さるゝ事を、喜ぶのぢやほどに帰つたら他の同行へも申してくれ。  又翌朝、御暇乞の御礼に参りければ、仰せに、  念仏するばかりで、極楽へ生れさせて下さるのぢやほどに、それを念仏する計りと云へば、すぐ称へるに力をいれる。そこで法然様の仰せに、差別が出来たのぢや、たゞ称ふるばかりで、助かることを聞くぢやほどに、他の同行へもよう云ふてくれ。(香樹院師)  

一二一 唯弥陀をたのむのぢや。
 江州草津駅、合羽屋某に対せられての仰せに、  或時は往生一定と思ひ、或時は往生不定と思ふ、この二ッをすてゝ、たゞ弥陀をたのむのぢや。(同 上)  

一二二 裸体の乞食に其の議論はないぞ。
 江戸浅草御坊にて、安心のことに就き、僧侶より何れか正しきや、正しからざるやを、御尋ね申し上げたれば仰せに、  褄(つま)の上り下りは、着物きた上の事ぢや。裸体の乞食に其の議論はないぞ、との御一言にて、みなみな感じまいらせぬ。(同 上)  

一二三 たのむと云ふは、かゝるものを御助けぞと深く信ずることぢや。
 たのむものを助くるとの仰せを聞いて、左様ならば私はたのみますさかい、御助け下されませの心ではない。たのむと云ふは、不思議の仏智を信ずること故に、かゝるものを御助けぞと深く信ずることぢや。各々は、これが深くたのむのぢやの、是れが緊(しか)とすがるのぢやと、訳きくばかりが細かな道理と思へども、それよりも内心の味ひを透した心味を云ふのが、一番細かな道理ぢや程に。(同 上)  

一二四 私の心は微塵も助かりそうな所は御座りませぬ。
 或る人、師に参りて、私の心は微塵も助かりそうな所は御座りませぬと申し上ぐ。  師の仰せに、その心苦にするな。微塵も助からぬ心を助けて下さるが誓願の不思議ぢや、それが他力の御不思議ぢゃ。(同 上)  

一二五 親様なしの相談なら所詮はない。
 同行四五人よりあひて何事か相談してありけるを、師奧にて聞き給ひしが、やゝありて襖をあけ、  もう一人たらぬぞ、と仰せあり。それは如何と、御尋ね申し上げたれば、もう一人とは、阿弥陀様のことぢや。皆々が、親様なしの相談なら所詮がない。(同 上)  

一二六 いよいよこれなりで助けられるので御座りますか。  新井の妙意、御病中に参り申し上げて云ふやう。いよいよこれなりで、助けられるので御座りますか。  師の曰く、そうぢやそうぢや、勧めるものも其の処をよく教へ、聴聞するものも其の処をよく聞かぬばならぬことぢゃ。(同 上)  

一二七 おれは現在足をなげだし、仏とうしろあわせの日暮をして居る。
 江戸のさる同行、一人の巡拝者を止宿せしめたるに仏檀の方へ足を投げ出して寝て居るを見て、あゝ私が昔のさまを見せて下さるゝとて喜ばれしを、師聞き給ひて、  おれはかへさまなり、おれは現在足をなげ出し仏とうしろ合せの日暮をして居る、と仰せありき。  

一二八 これ一つかわかりたら日本国がひつくりかへりても浄土往生に間違ない。
 ある人、今にも死なうと思へば、もう一度御目にかゝりてと云ふやうな、心で御座りますと述ぶれば仰せに、  それが肝要の所で、それが疑ひの根ぢや。それでよく聞けよく聞けと云ふ事ぢゃ。能く能く聞くと、今迄は何を疑ふて居りましたやらと、如来様に御縋り申す心が信心決定ぢゃ。是一つさへ訳が分ったら、日本国がひくり返っても、浄土参りに間違ひはない。世上で信心安心の訳聞いて、此処でこう聞いた彼処(かしこ)であゝ聞いたが、どちらが真実やらと云ふ様な詮索沙汰をやめにして、誰がどう云ふても、心が何と思ふとも阿弥陀様の助くる助くるの御喚声を頂ひた身ぢゃものをと思へば、こんなたしかな事はないではないか。(同 上)  

一二九 どうも此の度は仕おうせらるゝやうに思ひませぬ。
 或る人の尋ねに、どうも此の度は仕おゝせらるゝやうに思はれませぬ、と申し上げたれば、  仕おゝせられまいとおもふは凡夫の心。仕おゝせさせるとあるが如来様の御こゝろ。その御心をもらふのぢや。仏の心で仏になるに、何の間違ひがあろぞ。それでよく聞けよく聞けと云ふのぢゃ、と仰せられたり。(同 上)  

一三〇 一念とは如来様の御一念であったと云ふことかようようわかりました。
 伊勢四日市江戸屋にて御泊りの節、藤山藤七と云ふ同行参上して、私におきましては、一念の信一念の信と仰せらるれば、我等凡夫の一念のやうに、心得誤りておりました処、段々御聞かせをいたゞけば、如来様の一念であったと云ふことが、やうやう此頃お知らせを蒙りまして御座ります、と申し上げゝる。  師の曰く、そこへ気がついたか。(同 上)  

一三一 私は年をとりましても、あいも変らぬ、あわれな心中で御座りますが、死ぬまでこんなもので御座りますか。
 京都岡崎御坊にて御法話の後、江州西乗寺の住侶、重ね重ね聴聞申して帰国せんとしたるも、何となく後髪引かるゝ心地してければ、草鞋を穿(うが)ちたるまゝ御庭へ廻り、御座敷の縁下に跪きて云ふやう。恐れながら御尋ね申します、私はかやうに年をとりましても、相も変らぬ哀れな心中で御座りまするが、死ぬまでこんなもので御座りますかと、その時師は御酒を召しながら、  それぢゃで他力ぢゃないか、と仰せられければ、老僧涙を流し、小躍りしながら帰途につきぬ。(同 上)  

一三二 阿弥陀様の御養育と云ふは。
 師或る時仰せられ候。阿弥陀様の御養育と云ふは、親が子を抱きづめにして居るやうに、何処に居っても見て居ってやるから、危げなしに我をたのめ、と仰せらるゝ御念力に、つなぎ付けられたことぢゃ。(同 上)  

一三三 御聖教には明信仏智とありて心が明かになるやうに伺はれますが、私の腹は明かになりませぬ。
 一蓮院師、師の御前に参られて、香樹院さん、御聖教の御文には明信仏智とありまして、心が明かになるやうに伺はれますが、私の腹には明かになりませぬ、と申し上げらる。  師の曰く、そうぢゃで そうぢゃで 御前余所(よそ)を聞きあるかずに、宅で御念仏申して居なされ。  

一三四 何もかも阿弥陀様の直(すぐ)の勅命ときこえるまできけ。
 頼めとあるも、すがれとあるも、称へよ称へよとあるも、皆助くるの仰せなり。天が地となり、地が天となる例があるとも間違はさぬ、疑ふなよ、疑ふなよと、阿弥陀様の直(すぐ)の仰せと聞こへるまで、骨折って聞くべし。  

一三五 当流は成就の文の八字を腹にするばかりぢや。
 或る時一蓮院師を招きて、酒杯を傾けながら仰せに、凡そ誰でも我心中をこしらへる事にかゝりて居る故、其の心中は我がこしらへもの也。教へる人も唯理屈ばかり教へて心中を造ることに骨を折る也。信心と云ふ事は聞其名号信心歓喜の八字を我が膓(はらわた)とするばかりぢゃが、そう思ふ人の少いは甚だ残念なり。  一蓮院師曰く。たゞ仏の力お一つで、助けて下さると信ずる外には、聞其名号のいはれはない、と聞いております。  師曰く、それでよし、それでよし。  

一三六 きっと、つれて行って下さるほどに。
 鎌掛村おせきの話に、兎に角、往生は決定と思へきっと、つれていって下さるゝ程に、と仰せられしと。(同 上)  

一三七 落ちるばかりのこゝろへ、きく度にたゞ嬉しいばかりなり。
 或る人の尋ねに、私は地獄へ堕るばかりの心で御座ります。  仰せに、地獄へ堕るばかりの心へ、聞くたびにたゞ嬉しいばかりの御法なり。(同 上)  

一三八 心にかけ心にかけすると。
 江州長浜御坊にて或る人に対せられて、  後生大事になると、念仏申す所までは行けるが、それから先へは、中々容易に行かれぬ、と仰せられける。然れば如何致すべきや、と尋ね上たれば、  心にかけて聞き聞きすると、御慈悲から、きっと聞きつけて下さる程に、 との仰せなりき。  

一三九 迷いの凡夫が証りの道知らぬのが何で恥であらう。
 どんなこときいても、恥ではない。何でもかまわずきくがよい。  迷ひの凡夫が証(さとり)の道知らぬのが、何で恥であらう。この年になって、今この疑ひが出たの、誤りがあるのと云へば、恥かしいなどゝ云ふ我慢はいらぬ。商人が商法を知らず、女が裁縫を知らぬのなら、我が職分を知らぬのぢゃが、迷ひの凡夫が証りの道知らぬは当りまへぢやもの、どんなこと聞いても恥ではない。何でもかまはず聞くがよい。  

一四〇 一念帰命とは疑晴るゝばかりなり。  
懸皷庵問ふて曰く、一念帰命のところ如何に候や。  
師曰く、一念帰命とは疑晴るゝばかりなり。  
問ふ、なにゝ疑ひはるゝにて候や。  
師曰く、本願の不思議に疑ひはるゝ也。  
また問ふ、其の不思議とは如何。  仰せに、助かるまじきものを不思議の本願で助けたまふことを、不思議とは申すなり。  
懸皷庵問ふて曰く、それを目的にして信ずるか。  
師の曰く、そうぢや。  

一四一 たのめば早や助かるの勅命なり。
 頼め助けふとのたまふは、たのまぬ先に、助かるやうに御成就の南無阿弥陀仏、爾(しか)れば頼んだら助かられうか、また助かるまいかの分別のある筈はない、たのめは早や助かるの勅命なり。  香山院師、之にそへて曰く、たのむ一念の時、御助けに間違ひのない心までもらふたから、一念の信が直に南無阿弥陀仏。必ず助けるぞよの御心の聞こへたのなれば、助けたまへでなうて何とせう。たのむ心を与へさせられて、たのめたのめとのたまふを頼むなり。往生一定の心なり、疑ひはれた一念也。  またの仰せに曰く、我等の心はかはる心故、如来様がすがる南無の二字まで御成就也。如来の心で如来へすがる故、機法一体也。  

一四二 どこかに腰抜けがあるそうな。
 仰せに、どこにか腰ぬけがあると見へて、阿弥陀の三字を、おさめ、たすけ、すくふと読むとある。機の造作をはなれて、たゞ大悲のまことを仰ぐばかりぢゃ。  

一四三 私は領解も何も御座りませぬ行先き真暗で御座ります。
 江州神崎郡のおとみ、師の御病中に伺ひければ、師、おとみ、聞こえたか、と、おとみ申し上ぐるやう。私は領解も何も御座りませぬ。行くさき真暗で御座ります。師の仰せに曰く。  暗いなりで、つれて行って下さるゝ御慈悲があるぞや。おれは先へいって待っている程に。(同 上)     私に云わく。有難う御座ります。こう云ふ御授けでなうては息のふき場が御座りませぬ。  

一四四 もしやもしや心底が違ふては一大事ぢやと云ふ心配が御座ります。
 江州の了信、師の御枕許へ来りて申し上ぐるやう。私は御前へ上りましても同行衆の中でも、口では立派に調子合せて喜んでをりますが、もしやもしやの心底が違ふては一大事ぢゃと云ふ心配が御座ります。これは如何致しましたらよろしう御座りませう。  仰せに、それが信相続の相ぢゃ。  難有う御座ります、左様なればこれながらで往生させし貰ひますか。  師曰く、往生に間近くなれば、それもないやうになる程に。(同 上)  

一四五 もう仏智廻向がすめたか。
 安政四年八月十日、了信、師の御病気御伺ひのため参上して御枕許に手をつきたれば、  師曰く、どうぢや、どうした。  信曰く、私は是迄持ちながらへて居りました信心も安心も、今は何処へかいって仕舞ひまして、たゞもう御呼び声一つが、杖とも力とも憑みきって居るばかりで御座ります。  仰せに、それが仕おせたのぢや。  信曰く、難有う御座ります。年久しく御化導を蒙りまして何とも御礼の申し上げやうも御座りませぬに、今日までは唯口先ばかりで申し上げて、御胸をいためましたは、仏智回向の御なしわざと云ふことが、知られませぬからで御座りました。  師の仰せに、もう仏智回向がすめたか。それがすめぬ故久遠劫より迷ふているのぢや。これでもうよいと云ふて、捨てゝおくのではない。聞いては喜び聞いては喜びして居るのぢゃ程に。(同 上)  他力の極意は何たる難有いことにや。樋口重三氏が、南無と云ふはきいたになって居られぬこゝろなりと、符合して難有しとも難有し。  

一四六 誰にも人に尋ねずにだまって念仏を申しなされ。
 同月二十七日一蓮院師、師の病床をたづねられたれば、  仰せに、誰にも人に尋ねずに、唯だまって念仏を申しなされ。  存曰く、左様ならば、たゞ御不思議におまかせ申して念仏を称へる計りで御座りますか。  師曰く、不思議と云へば、今まで命ながらへたのがはや不思議ぢや程に。(香樹院師)                           (了)  

                       病中感謝録 終
 

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