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真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

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南無の釋

南無の釋

南無の釋序  
本書は法蔵紀念号及光誌上に『見真大師の安心』として掲載したる南無の釋二百五十種と、無尽燈誌上に掲載したる故樋口重三氏の南無の二字百十二種とを併せた南無の二字の讃嘆であります。  
 此二字は遠く法蔵因位の昔私共が如来をたのみ奉る力なき事をみそなわして、私共の往生の因として、十劫の正覚の刹那に御成就された南無阿弥陀仏の六字のみ名で在すと共に又至心信楽欲生の三信であります。
 宇宙の真理、絶対他力教の全体は実に此六字のみ名の中に円満に顕れ給い、此を開くかぎ關鍵は南無の二字の体読即三信の実験にあるのであります。
 私の記せる二百五十種及び樋口士の百十二種の解釈は此の三信の実験、二字の体読を種々の方面より讃嘆し奉りたものでありますから、禅家に於いて無字の考案なり隻手の声なりいづ何れか一つが通過出来ると、七十有余の考案が皆通過できるように、此の三百五十余種の中で、何れか一種が真実会得出来ると全体が会得できるようになるのであります。
 何分宗教上の問題はすべて実験で、信仰は其の実験の極致でありますから、学問沙汰や、理性の上からは分かるものではありません、から、どうか後生は一大事なりと云う思いにじう任して、蓮如上人の常々教え給える南無と云うは、衆生の弥陀如来に向かい奉りて後生助けたまへとたのみ奉る心なるべしとある、自力をすてて、弥陀をたのむ一念に向こうて全力を傾注し、此の解答に全生涯を抛棄して下さる人があらば、かかる方々には此南無三百五十余種の釋は初めて其の価値を顕し、其の生命を示すであろうと思われます。
 此の稿を終わらんとする時、偶法蔵館主より帖外聖教中にある、蓮如上人御作南無の釋を巻頭に加えてはとの議がありました。思うに此の言南無者の釋はもと善導大師に出て開山聖人に相承したまいたるも、此の言南無者の御釈六字のいわれをきけと云うを以て一代の御化風としたまいたるは、実に我蓮如上人に在すのである。

 謹みて此の上人の御作と申す七十一種の御釋を拝し奉るによく二字即四字の思召しは勿論、此の二字の中に衆生往生の因果、如来成道の因果、三世諸仏の本懐、釈迦一代の経説を網羅して能く蓮如上人の御心を発揮してありますから、歴史的の考証は別として、直ちに此を巻頭に掲載する事に致した次第であります。

 明治戌申霜月中旬第二日 鷲塚修道院にて  
 仏子昇道恭誌


蓮如上人南無の釋

一。南無と帰命するは、すなわち摂取不捨の益にあづかるこころなり

二。南無 宿善開発の心なり

三。南無 無上の益にかなうなり

四。南無 他力の大信心をえたる心なり

五。南無 阿弥陀仏をふかくたのみたてまつるこころなり

六。機法一体のこころなり

七。南無 たすけたまえともうすこころなり

八。南無 願行具足のこころなり

九。南無 阿弥陀仏のたすけましますこころなり

十。南無 阿弥陀仏のしろしめすこころなり

十一。南無 二種の廻向をあたえましますこころなり

十二。南無 三世の業障消滅するこころなり

十三。南無 因位果位の功徳をあたえましますこころなり

十四。南無 阿弥陀仏の御こころにかなふこころなり

十五。南無 仏智をあたへましますこころなり

十六。南無 自然発起のこころなり

十七。南無 諸仏の御心にかなふこころなり

十八。南無 善知識の御心にかなふこころなり

十九。南無 正定聚のくらいにかなふこころなり

二十。南無 大善功徳をあたへましますこころなり

二一。南無 仏のかたより往生をさためましますこころなり

二二。南無 不退転に住するこころなり

二三。南無 法性の常楽をさとるこころなり

二四。南無 自力をすてて他力に帰するこころなり

二五。南無 六道の業滅して報土の因生するこころなり 二

二六。南無 阿弥陀仏の御心をしるこころなり

二七。南無 もろもろの如来とひとしきなり

二八。南無 諸仏の御心をしるこころなり

二九。南無 無上の仏智をうるこころなり

三十。南無 善知識の御心をしるこころなり

三一。南無 本願をうたがはぬこころなり

三二。南無 南無阿弥陀仏のいはれをききうくるこころなり

三三。南無 本願の召(めし)にかなふこころなり

三四。南無 弥勒とひとしきこころなり

三五。南無 釋迦の発遣にしたがふこころなり

三六。南無 浄土の機縁熟するこころなり

三七。南無 正覚の一念にかへるこころなり

三八。南無 法門をしりつくすこころなり

三九。南無 彼此三業不相捨離のこころなり

四十。南無 安心決定のこころなり

四一。南無 人身を受けたる用のかなふ心なり

四二。南無 平生業成のこころなり

四三。南無 我もおなじく阿弥陀仏とならんとねがひまうすこころなり

四四。南無 仏恩報謝のこころにあたるなり

四五。南無 後生の一大事をしるこころなり

四六。南無 本願の文にかなふこころなり

四七。南無 相続心のさたまるこころなり

四八。南無 願成就の文にかなふこころなり

四九。南無 三経の大意にかなふこころなり

五十。南無 障(しょう)を消(しょう)し礙を除くこころなり

五一。南無 三国の祖師の論文にかなふこころなり

五二。南無 度衆生心のこころなり

五三。南無 苦を滅し楽を證(しょう)するこころなり

五四。南無 穢(え)をすて浄をねがふこころなり

五五。南無 往生のこころ。うたがひなく。よろこぶこころなり

五六。南無 如来の発勅を奉持(ぶじ)する心なり

五七。南無 往生の心満足するこころなり

五八。南無 往生のさだまるこころなり

五九。南無 衆生の志願をみてたまふこころなり

六十。南無 真実の教をしるこころなり

六一。南無 不思議の仏智を信ずる心なり

六二。南無 真実の行を信するこころなり

六三。南無 無明長夜の闇を破する心なり

六四。南無 真実の信心をうるこころなり

六五。南無 智慧明達するこころなり

六六。南無 真実の證をうへきくらいにさたまるこころなり

六七。南無 功徳殊勝なることを。えたるこころなり

六八。南無 真実の佛土をしるこころなり

六九。南無 如来出世の本意をしる心なり

七十。南無 化土分別するこころなり

七一。南無 報土にかならず生ずべき身にさたまるこころなり

已上七十一種南無釋畢。


されば御釋に。憶念彌陀佛本願乃至応報大悲弘誓恩已上一念無上の佛智をもて。凡夫得生の極(ごく)とし。一形憶念の名号をもて佛智報盡の経営とす。彌陀大悲の誓願をふかく信せんひとはみなめてもさめてもへたてなく南無阿弥陀仏をとなふへしといへりあなかしこあなかしこ。  


南無阿彌陀佛 見眞大師の安心    
               今井昇道 序  

 南無の釋は、私が旧臘(きゅうろう)、泉州の厚信者、故樋口重三氏の、南無の釋を故市石梅吉士の拝見し、感謝にたえず、之を以て見眞大師の安心に疑するは、一見当らざる感なきに非ざるも、深く考ふれば、又理なきにしもあらず。
 密かに惟ふに、我が大師絶対の御安立の尤も切実なる表白は、行巻(ぎょうのまき)においては三信一心の御問答ならんかと推し奉る。
 彌陀をた(○)の(○)み(○)奉る事を、た(△)の(△)み(△)力にする事だとかあて力にすることだとか思ふて、佛を前面にながめて居りし間は、到底金剛の安立は得られなんだ。
 
たのみと云ふは、助かる事なり、御助けにあつかつたがたのんだ事なり、其たのむと云ふも助かると云ふも、我思ひに非ずして、実に本願成就の南無なり、又阿弥陀佛なり。
 其本願成就の我思を離れたる南無、又阿彌陀佛が、其本位を動せずして、直に圓融無碍の大力用を示す重々無盡の関係を体得せずは、誰か能(よく)不(ふ)壊(え)不動(ふどう)の安立に達せられるべき。言南無者の御釋は、此二字卽四字四字卽六字の関係を縦横に発揮して毫(ごう)末(まつ)の遺憾なし。

 蓮師一代の御化風また実に此釋の外に出てさるなり。南無と云ふは帰命またこれ発願廻向の義にして、発願廻向かやがて阿彌陀佛卽是其行であると云ふ事、卽たのむ中に、たのむとたすけるがあると云ふ一重の関係は、御文を拝見せるものは何人も首肯(うなずく)する所。然るに大師は、南無と云ふは帰命と云ふ、此帰命の二字を又帰命と発願廻向にわけて、帰の言は帰(き)説(えつ)帰(き)説(さい)とし、命の言を業也、招引也、云云と八訓を以て発願廻向の義を発揮し給ふ。

 大師ばかり帰命の二字に二字四字の関係を発揮する丈にて尚満足し給はずして、阿弥陀佛卽是其行の上に、又選擇本願これなりと示して、三信十念を南無とし、若不生者不取正覚を阿弥陀佛とし給ふ。南無といへは阿弥陀来り、御助けを挙ればたのむがはなれず。帰命を挙れば、既に発願廻向は顕れ了(たは)るなり。二字に四字あり、又六字あり。其関係実に此(かく)の如く親密なり。これ五劫思惟の賜。永劫修行の結果なり。何人か能之を動し得るものぞ。然るに唯御助けを喜んで居りますと云へば、南無切安心首切安心など云ふて之を誹り、香月院師の甚しき怒りを買へる嗣講もあり。助け給への思ひの詮議に浮身をやつして、同行泣かせる学者もある。恐らくは開山の此二字四字の思召を体得せざるの過失なるべきか。我大師は尚之のみにては満足し給はずして、その心霊の経験の至奥を示さんが為に、帰命の帰の字に帰説帰説とし、この説(さい)の字より告也述なり人の意(こころ)を宣(のべ)述(のぶ)也との字訓を籍(か)りて、帰の字義中に、人の意(こころ)を宣べ述ぶるの義ありとして、帰命の二字を二つながら、本願招喚の勅命也と結ばせ給ふ。勅命の外にたのむもいらにゃ、信するもいらぬ。御助けの前に、一心もいらにゃ、一向もいらぬ。如来の勅命が其まま私の領解と為って下さるるのである。此如来の勅命が、私の領解と云ふ絶対他力へ来るまでは、何人も決して真実の安心に住する事は出来ぬ。

 されど此私なるものの、即南無阿彌陀佛に圓融せられて等しく南無阿彌陀佛となる。私なるものは奈何(いかん)、若しくは南無阿彌陀佛を体とす至心信楽欲生なるものの成就せられたる所以奈何、疑ふてはならぬ、計ふてはならぬ、正念でなくてはならぬ、常に信心相続せねばならぬ、こちらへ行けば何の異解あちらへ来れば何の異安心とそれこそ丸木橋を渡るやうな、窮屈千萬な如来の御助けでどうして絶対の安立に達せられるべき。見よ惠空講師は、計ふも計ひなり、計はぬも計ひなり。計ひは凡夫の名称であると云はれ。香月院師の眞弟は、凡夫の身上あり丈は疑ばかりであると云はる、聞く人恐らく驚異せん、されど若し見眞大師の三一問答を後生に泣きつつ拝見せば、何人もその穏当(おんとう)なるを知ると共に、茲(ここ)に絶対の安立に達せん。

 如来何故に三信を成就し給へるや。凡夫には法爾として真実の至心なし、法爾として清浄の信楽なし法爾として清浄の回向心なし、卽ち疑蓋無雑の信なし、之を以て如来不可思議兆戴永劫に、真実の三信、卽疑蓋無雑の一心を成就し給へり。既に法爾と云ふ、然らば疑は凡夫の本性なり、此ものを助けんが為に寸毫(すこし)も疑の雑(まじ)らざる他力の三信卽御助けを成就し給へり。他力の三信と云へば何か異(こな)るものにあるに似たれども、唯これ圓(◎)融(◎)無(◎)碍(◎)不可思議不可称不可説の至徳(至心)如来満(◎)足(◎)大(◎)悲(◎)圓融無碍の信心海(信楽)卽ち諸有の群生海を助けんとある勅命(欲生)にして唯これ私を助くるに於て寸毫の疑怯心(うたがうこころ)なき如来の決定心なり、人或は云はん、凡夫は法爾として疑を体とせん、而も一念の立所に如来より三信を廻向してここに金剛心決得して寸毫も疑なかるべし、然り実に其言の如し、而も常人の他力他力と云ふとも、畢竟凡夫心中の他力なり、全く如来廻向の三信を相離る、凡心は極限の場合迄疑を一歩も出る事は出来ぬ、これでこそ性なり、体なり。
 
他力の三信如来の御助けは、全く凡夫の心を離れて、秋毫(すこし)の関係なし、若し凡心に関係せば常に若存若亡たるを免れず。樋口氏の南無の釋に『聞いた南無が間違で、先の南無でよかつた心なり』と云ひ『聞へた心の外に、往生満足であつた心なり』とある、これでなければ絶対の安立ではない。而も圓融無碍の信心海は、既に吾等をして全く六字の中(うち)に融し、三信の中に同じて、一毫の疑怯退心なからしむ茲に至りて絶対の大安心あり。絶対の大歓喜あり、これ三一問答の略要なり。
 南無の釋は実に言南無者の釋と此三一問答と卽見眞大師の絶対の御安心を土台として自己の経験を思ひのままに述べたまるもの。故樋口氏の南無の釋と対照して見たまはば読者又自(おのずか)ら南無の中に自信を見出すに至らんか                   明治四十一年四月十五日                       昇道謹識                                           
一。南無と云ふは、帰説帰説とてよりかかりよりたのむ心なり

二。南無と云ふは、本願の業力なり

三。南無と云ふは、衆生を招き引く自然の力なり

四。南無と云ふは、浄土より吾を引接せんとの使なり

五。南無と云ふは、眞の教なり卽如来の御助けなり

六。南無と云ふは、生死海より直に浄土に往生せらるる唯一の道なり

七。南無と云ふは、変わらぬ信(まこと)なり

八。南無と云ふは、如来の御計ひなり

九。南無と云ふは、如来の吾等を召し給ふ事なり

十。南無と云ふは、本願招喚の勅命なり

十一。南無と云ふは、帰命と発願廻向との二の心なり

十二。南無と云ふは、発願廻向の阿弥陀佛と同一の心なり

十三。南無と云ふは、選擇本願なり

十四。南無と云ふは、至心とて変わらぬ如来の真実(しんじつ)心(しん)なり

十五。南無と云ふは、信楽とて如来の助けるとある決定心の疑なき心なり

十六。南無と云ふは、欲生とて所有の群生海を招喚し玉ふ勅命なり

十七。南無と云ふは、疑ひなく弥陀を一向にたのみ奉る心なり

十八。南無と云ふは、自然と御慈悲に立ち戻れる力なり

十九。南無と云ふは、不可称不可説不可思議佛凡融合機法一體の大信海なり

二十。南無と云ふは、凡夫に法爾として真実の至心なしと云ふ心なり

二一。南無と云ふは、凡夫には法爾として真実清浄の信楽なく卽疑ばかりで又廻向心にたちもとる力なしと云ふ心なり

二二。南無と云ふは、疑には底があるか御助けには底がないと云ふ心なり

二三。南無と云ふは、疑ひや計ひが其まま御助けの呼声と転する心なり

二四。南無と云ふは、なられぬ心をなられぬなりで無理往生に承知させられた心なり

二五。南無と云ふは、助かられぬものの御助けと云ふ心なり

二六。南無と云ふは、疑や計ひがとれぬままでよかった心なり

二七。南無と云ふは、疑や計ひが御助けの保証でありた心なり

二八。南無と云ふは、八公は八公、熊公は熊公もままでよかった心なり

二九。南無と云ふは、御助けばかりは誰が言ふても、いつきても始終初事にきかるる心なり

三〇。南無と云ふは、信得ぬものを御助けと云ふ心なり

三一。南無と云ふは、我機を眺めたままが御助けをながめた心なり

三二。南無と云ふは、罪人がろうや牢獄に打ち込まれて安気にねむ睡る心なり

三三。南無と云ふは、用が足りながら、足りたにして置かれぬ心なり

三四。南無と云ふは、一念ばかりをいつも初事に聴聞して御報謝なんぞは忘れてい居る心なり

三五。南無と云ふは、正意不正意などの心配なく唯如来様ばかりをたのむ心なり

三六。南無と云ふは、親の御心だけでよかった心なり

三七。南無と云ふは、凡夫の思いに全くひま隙を出した心なり

三八。南無と云ふは、親は親、子は子のすわ座り場に座りた心なり

三九。南無と云ふは、行くものが行きつくとこまで行きついた心なり

四〇。南無と云ふは、ぐらぐらしんしょう身上も、どうやらこうやら臨終まで持ちこたへらるる心なり

四一。南無と云ふは、寝たぼけては、親父のこえ聲で方角がつく心なり

四二。南無と云ふは、御助けの証拠は御助けでよかった心なり

四三。南無と云ふは、一念や信心に用がないと云ふ心なり

四四。南無と云ふは、十劫正覚の座へ今連なった心なり

四五。南無と云ふは、御成就の外には御廻向がなかった心なり

四六。南無と云ふは、阿弥陀様の鼻を高くしてあげる心なり

四七。南無と云ふは、佛の強情に呆れた心なり

四八。南無と云ふは、佛様のものが佛様の所にありながら其のまま私の所にみちみつる心なり

四九。南無と云ふは、こんなら、初めからでもよかったのにと云ふ心なり

五〇。南無と云ふは、信心々々と云ふて下された御開山や蓮如様に不足を云う心なり

五一。南無と云ふは、やすく聞いて初めて祖師蓮師の御苦心に涙流す心なり

五二。南無と云ふは、私の心の行きつく所まで行きつくとそこ其所が十劫正覚の会座でありた心なり

五三。南無と云ふは、真心と信楽と二つない心なり

五四。南無と云ふは、信は得られずして御助けに逢ふた心なり

五五。南無と云ふは、阿弥陀仏と一体になった心なり

五六。どんな乞食婆々でも、本真の事を云うと佛のように思わるる心なり

五七。南無と云うは、無くならぬものを無くするに及ばなんだ心なり

五八。南無と云うは、なられぬをなられぬと知ればなられると思うたにお助けにおうてもなられんで、いよいよ弥なられぬが承知出来た心なり

五九。南無と云うは、なられぬが実験されると親の御助けがききたくてききたくてならぬ心なり

六十。南無と云うは、いやがるものを無理に女房にしてあとで『にくらしき方様よ』と小声で云うてにこッとさせる心なり

六一。南無と云うは、喧嘩する程気前が知れて真に貴方ならではと云わにゃ居られぬ心なり

六二。南無と云うは、こちらから『もうし』を云うと佛の影が見えなくなる心なり

六三。南無と云うは、一念はよいが報謝の一段はと云う人に限りて一念のない人と云う心なり

六四。南無と云うは、いやできらいな後生が末たのもしい心なり

六五。南無と云うは、胸の中を掘りかえ反せばかえすほど御助けが顕れて下さる心なり  

六六。南無と云うは、疑も計いもかかえたままで助けねば助ける道はないと云う心なり

六七。南無と云うは、信ぜられると案じられる船に乗ると落ちはせんかと案じが起こると云う心なり。

六八。南無と云うは、臨終まで案じて又助けられて又案じて又助けられて蓮台に乗せてから案じをとって下さる心なり 六九。南無と云うは、御助けに逢って確かなるものは御助け一つと云う心なり

七〇。南無と云ふは、我手は洗へとも々々々々遂に清まらすと云ふ心なり

七一。南無と云ふは、たとひ清心を起すといえども雖水にえが画くが如しと云ふ心なり

七二。南無と云ふは、落ちると助かると二つなかった心なり

七三。南無と云ふは、寝て居る下がすぐ直地獄にしてしか而も落ちることの出来ぬ心なり

七四。南無と云ふは、し布いてい居る布団が其まま蓮台となる心なり

七五。南無と云ふは、底に水のたまって居る船が日光の力で段々水がへり、かわいて、いつとはなしに、浮き上った心なり

七六。南無と云ふは、御教化でいぢめられて、親様へ泣いて行く心なり

七七。南無と云ふは、御教化にまるきりそむいてまるきりかなふた心なり

七八。南無と云ふは、晴れてよし曇りてもよし富士の山もとの姿はかはらさりけりと云ふ心なり

七九。南無と云ふは、たのむと云ふもよし、たのまぬと云ふもよし、たのんでたのますと云ふも、たのまずしてたのむと云ふても、皆成程と喜はるる心なり

八〇。南無と云ふは、正意と云はれても不正意と云はれても、共に難有く御受けの出来る心なり

八一。南無と云ふは、世界中の人は勿論化仏報仏に違ふたと云はれてビクともとも動かぬものが、時々自分でビクビクする事のある心なり

八二。南無と云ふは、ビクビクする度毎に動かぬ御助けが真から喜ばるる心なり

八三。南無と云ふは、如来様に尻をむける事が如来様に向ふと二つなき心なり

八四。南無と云ふは、親にしたが随はずに、随はせ申す心なり

八五。南無と云ふは、いくら競走しても先手には一手たけ丈かな叶はぬ其一手で助けて下さるると云ふ心なり

八六。南無と云ふは、いやだと云ふても云ふても御助け丈は又其後に一つ丈残りて下さるると云ふ心なり

八七。南無と云ふは、親に尻をむけたと思ふてもそれはここに居るとやっぱり如来様の真向きで盡十方の如来様には尻の向けようがないと頭かく心なり

八八。南無と云ふは、一體のものが一體になった心なり

八九。南無と云ふは、落ちるものが『落ちるものを御助け』と云ふ『御助け』をすてた心なり

九〇。南無と云ふは、道にも理にも背く所へまで滅多矢鱈の道理をつけて誰が故障しても離縁はせぬと云ふ心なり

九一。南無と云ふは、いやいやお七 十五ではあるまい十四であらう、真直ぐの事を申せとある、御奉行様の心なり

九二。南無と云ふは、なぜに、一切衆生皆々助からぬかと驚嘆する心なり

九三。南無と云ふは、ありあわせのままでよいと云ふ心なり

九四。南無と云ふは、捨てぬものでもそれほど大事なら大事にして置けと仰せらるる心なり 九五。南無と云ふは、有難くも、何ともない、ひょんな時にはひょんなままでよいと仰せらるるこころなり

九六。南無と云ふは、有難いと云ふ人より、ありがたくない奴をと、云ふものが本(ほん)真(ま)だと云ふ心なり

九七。南無と云ふは、助かられぬ所で勝負せよと仰せらるる心なり

九八。南無と云ふは、生涯安心なしで此度は御浄土へ参らせていただくと喜ぶ心なり

九九。南無と云ふは、変り目が出来たら本願が破れると申す心なり

一〇〇。南無と云ふは、歩める方へあゆめと云ふ心なり

一〇一。南無と云ふは、極楽へ行く道には其東門に至るまで『唯助けるぞ』、『落ちるものを御助け』『助かられぬものを助けるぞ』と、迷ひそうな辻々には屹度札が立ててあると云ふ心なり

一〇二。南無と云ふは、ちる時が浮ぶ時なり蓮の花と仰せらるる心なり

一〇三。南無と云ふは、たのみなほしの心なり

一〇四。南無と云ふは、一念と後念と水際立ったやうな事を云ふものは此関所は通さぬぞと仰せらるる心なり

一〇五。南無と云ふは、思ひの佛をだいて居るものは私はなんほでも貰ひゃせぬと悋気せらるる心なり 一〇六。南無と云ふは、私は佛をはなれては、一日も日のくらせぬものだと云ふ心なり

一〇七。南無と云ふは、我本来の面目の知(しら)れた心なり

一〇八。南無と云ふは、掃除してから御(お)出(いで)とばかり思ふたのに掃除せぬなかへ早御出てたと喜び申す心なり

一〇九。南無と云ふは、信後にも疑があると云ふ事がどうも合点が出来ぬからこれを会得出来るやうきかせて呉れと云ふは腹の減らぬものに飯のうまさを知らせるやうな事でとてもこればかりで仕方がないと云ふ心なり

一一〇。南無と云ふは、五劫の御思案を今始めて拝んだ心なり(あまりの根機相応さに)

一一一。南無と云ふは、なられぬなられぬ はれられぬはれられぬ 止められぬ止められぬ、死ぬまでもその本性を押し通さうとする我が身の強情の甚だしさで、永劫修行が今ひしひしと拝まるる心なり

一一二。南無と云ふは、私は逃げづめだで、暫しも目が放せぬと云ふ心なり

一一三。南無と云ふは、疑晴れると云ふもよし晴れられぬと云ふもよし晴れたか晴れられぬと云ふもよし晴れずに晴れられたと云ふ四句が皆一つ味になつた心なり

一一四。南無と云ふは、残らずが如来様からと云ふ心なり

一一五。南無と云ふは、無安心無信心と云はれても云ひわけ出来ぬ心なり

一一六。南無と云ふは、絵像や木像なしに、生きた佛に逢ひ奉る心なり

一一七。南無と云ふは、落ちるものは臨終まで落ちずめで助けるものは臨終まで助けづめであると云ふ心、即ち不断光佛と同じ心なり

一一八。南無と云ふは、私の心を一念の場所でどうかならせて了ふと屹度己に尻を向けると思召し、極楽の蓮台へ上げるまでは、まアまアあのなりにして置けと云ふ、意地のわるい如来様の胸算用なり

一一九。南無と云ふは、本願に相応しやうとするから雑縁が邪魔するけれど、邪魔されながら助けると云ふ如来様からの相応には、雑縁が手も足も出せぬと云ふ心なり

一二〇。南無と云ふは、信前や信後に御用のある内は、まアまア僧侶に任せて置け己の出る幕にはまだちと早いと仰せらるる心なり

一二一。南無と云ふは、極楽の東門までの楽しみは此腹の中を見る事ぢゃ、何か見つかる度毎に、いよいよ相応と云ふ事が知れるからと云ふ心なり

一二二。南無と云ふは、何もかも皆そらごとたわごと、唯一つまことは念佛ばかりと云ふ権利のある人は御助けに預かりた人に限ると云ふ心なり

一二三。南無と云ふは、喜ばれぬについて、喜びさへいらぬ御助けとはなアと喜ばれる心なり

一二四。南無と云ふは、心が愚図つくについて此心に関係なしの御助けなりやこそと喜ばるる心なり

一二五。南無といふは、念佛の色をつけず、喜びの姿を見せず、ぶる事に用事のなくなりた心なり

一二六。南無と云ふは、真実と真実で掛け値のない心なり

一二七。南無と云ふは、判官は判官の役さへつとめりやよいと云ふ心なり

一二八。南無と云ふは、影法師は追へば逃げると信じたとて追へば逃げると申す心なり

一二九。南無と云ふは、凡夫の心に起こりたものに佛智の入智恵とか他力の御授けとか云ふて力をいれる用事のない心なり

一三〇。南無と云ふは、実機の知れたにも用事のない心なり

一三一。南無と云ふは、南無の二字で如来をたのむ心なり

一三二。南無と云ふは、なるほど他力の大信心だ凡心に少しも関係なしの信心であつたなアと喜ぶ心なり

一三三。南無と云ふは、たのむに隙(ひま)をやつた心なり

一三四。南無と云ふは、凡夫の心のどうもなられぬと知れた心なり

一三五。南無と云ふは、どうかなれてもなれないでもそれにさえ用事のない心なり

一三六。南無と云ふは、如来様ばかりで用が足りて一心一向との前句(まいく)もいらにやたのむ信ずるの後の句もいらぬ心なり

一三七。南無と云ふは、釈迦の発遣や諸佛の證人さえいらぬ心なり

一三八。南無と云ふは、阿彌陀佛が阿彌陀佛になりたまふた心なり

一三九。南無と云ふは、御助け一つで小言のつきた心なり

一四〇。南無と云ふは、親の顔を立てよと申す心なり

一四一。南無と云ふは、義なきを義とすと申す心なり

一四二。南無と云ふは、あるべきやうと申す心なり

一四三。南無と云ふは、世界中は唯私一人を御浄土へ送りて下さる為の御働きと喜ぶ心なり

一四四。南無と云ふは、此世界は私を助ける為の大きな伽藍と喜ぶ心なり

一四五。南無と云ふは、乳房を口に含ますると、赤児の泣きがとまると申す心なり

一四六。南無と云ふは、ほんとの親を継(まま)親(おや)にしたではない継親は継親、真(ほん)の親は真の親と二つあつた事の知られた心なり

一四七。南無と云ふは、後生は小勢につけと申す心なり

一四八。南無と云ふは、無理はないと申す心なり

一四九。南無と云ふは、出離偏に他力にありと同じ心なり

一五〇。南無と云ふは、思案も工夫も役立たぬと云ふ心なり

一五一。南無と云ふは、卽得往生と申す心なり

一五二。南無と云ふは、大会衆の仲間になりた心なり

一五三。南無と云ふは、変わらぬ心を変わる心の中に求めたことの愚かさを笑う心なり

一五四。南無と云ふは、此心はどうもなられぬときまりをつけるさへ、いらぬ心なり

一五五。南無と云ふは、御助けをむこうにながめて、ひきよせる世話のいらなくなりた心なり

一五六。南無と云ふは、異安心と云ふ異安心にほんの壁一重の隣になりて、どれにもよく似るやうになりた心なり

一五七。南無と云ふは、計らひが我心の名前と合点の出来た心なり

一五八。南無と云ふは、計らふても助けるとある心なり

一五九。南無と云ふは、計らふほど御助けの確かに喜ばるる心なり

一六〇。南無と云ふは、計らへば計らふほど、計らひの間にあわぬ事の知れて喜ばるる心なり

一六一。南無と云ふは、計らふままに計らひの捨たりた謂れのある心なり

一六二。南無と云ふは、計らふほど計らひやうのない御助けが明らかに知れる心なり

一六三。南無と云ふは、尚々ふかく弥陀如来をたのみ奉るとある尚々が文字通りに伺はるる心なり

一六四。南無と云ふは、凡夫の分別卽ち智恵や又感じ卽ち感情に用事のなき心なり

一六五。南無と云ふは、不廻向とて持ち出すものは何にもなくなりた心なり

一六六。南無と云ふは、廻向とて、いつも唯貴方の御助けを喜ぶ身になりた心なり

一六七。南無と云ふは、本願力に逢ふた心なり

一六八。南無と云ふは、畢竟の依処に行きついた心なり

一六九。南無と云ふは、如来を見奉りた心なり

一七〇。南無と云ふは、大応供に身も心も供養し了りた心なり

一七一。南無と云ふは、一切経に隙を出した心なり

一七二。南無と云ふは、安心のいらぬ心なり

一七三。南無と云ふは、六字の主となりた心なり

一七四。南無と云ふは、一生懸命隠した所を打ち出して喜ぶ心なり

一七五。南無と云ふは、自然と云ふ心なり

一七六。南無と云ふは、まるきり助けられねば行かれぬ身と知れたと、助かつたと一つ事に味はるる心なり

一七七。南無と云ふは、親の望と私の望と致(ち)一(いつ)した心なり

一七八。南無と云ふは、疑は少しもないと云ふさへ用事のなくなりた心なり

一七九。南無と云ふは、任せた所に往生一定の覚悟のある心なり

一八〇。南無と云ふは、聞いた御助けが間違で、さきの御助けで往生の凌ぎのついた心なり

一八一。南無と云ふは、如来様の金剛心外に我金剛心はいらぬ心なり

一八二。南無と云ふは、貴方の満足大悲の信楽の外に我の助りやうはなき心なり

一八三。南無と云ふは、私の心に寸毫も関係なき如来の御助けなり

一八四。南無と云ふは、きいたり考へたりした佛が似非(にせ)者(もの)で、きかぬさきの如来様に助けて戴いた心なり卽ち不可思議光に助けていただいた心なり

一八五。南無と云ふは、只一の掛け代へのない有難いものは御助け一つとなつた心なり

一八六。南無と云ふは、金持ちの檀那だと思ふて居りて夢の破(さ)めた乞食が又長者の一人子ときいた心地なり

一八七。南無と云ふは、絶望と満足とが一時に来た心なり

一八八。南無と云ふは、本願の生起本末を審(つまびらか)に極めぬいた心なり

一八九。南無と云ふは、我身の決定は役立たで貴方の決定が役立て下された心なり

一九〇。南無と云ふは、純他力、絶対他力、他力金剛の大信心と云ふて居ながら、凡夫の念想や意業の穿鑿(せんさく)ばかりし居るをきいて泣きたく思ふ心なり

一九一。南無と云ふは、佛と凡夫との経界区域の明に立った心なり

一九二。南無と云ふは、私の思ひもよらぬさきから、私の後生を苦にして下された親だから、それこそ何のやうもなく唯後生助け玉へとさへ申せば、屹度御助け下さるるに間違ないと云ふ心なり

一九三。南無と云ふは、此心の世話にかかるは、地獄の釜掃除にかかると同じと知れた心なり

一九四。南無と云ふは、阿弥陀様が助けて下さると云ふ事を知て居るか、はい、そんなら何を己にききに来たかと庄松同行の一喝せし心なり

一九五。南無と云ふは、此度こそは本に念佛する一で参らせて下さる(往生はまるまる他力で計はれるで)と喜ぶ心なり

一九六。南無と云ふは、私は徹頭徹尾佛にそむきつめの奴であると知れた心なり

一九七。南無と云ふは、私は只親様の御念力一つで参らせていただくと知れた心なり

一九八。南無と云ふは、若不生者が私の領解でありた心なり

一九九。南無と云ふは、聞其名号の聞は其名号の中に含まれてあると云ふ心なり

二〇〇。南無と云ふは、他力と云ふ字と別でなかりつた心なり

二〇一。南無と云ふは、本則三々の品なれど一二もかわることのなき大信心なり

二〇二。南無と云ふは、うちはへて浪こそさわげひろさはの、水の心に月さやけしもの心なり

二〇三。南無と云ふは、荒波のそこに動かぬ月のかけに対して、あらなみにくだくるかげもそらの月とよめる心なり

二〇四。南無と云ふは、くたけてぞ水にうつりし月なれやまとかなるのみ影にはあらましの意(こころ)なり

二〇五。南無と云ふは、くだけねば、水にうつりし月ならじ、くだけつまろく面白の影とよめる心なり

二〇六。南無と云ふは、病人が薬をのんで病気全快は通常(なみ)の事、介抱人の親が薬をのんで子が飲んだ謂れがありて病気本復するが真の他力と云ふものだと或同行の物語の心なり

二〇七。南無と云ふは、御助けにはあえぬと知れた心なり

二〇八。南無と云ふは、如来様の助けるのお言葉一つを信じた心なり

二〇九。南無と云ふは、如来様のよきに任せた心なり

二一〇。南無と云ふは、お助けが知れぬで絶対他力のお助けと喜ぶ心なり

二一一。南無と云ふは、『お助けが知れぬで絶対他力のお助け』と私は承知が出来ぬと云へば云ふほどいよいよ絶対他力の親心一つで勝負して戴けると云ふ事が明な心なり

二一二。南無と云ふは、それも承知が出来ぬならそれでいよいよ絶対他力のお助けで助けて戴くより仕やうがないと云ふ心なり

二一三。南無と云ふは、如来が絶対的の不可思議光なるが故に、如来のお助け絶対他力のお助けが絶対的に明確なりといふ心なり

二一四。南無と云ふは、当流の本尊は南無阿弥陀佛、若其永恒なるを示す時は帰命無量寿如来、其遍一切所を示す時は帰命盡十方無碍光如来、其お助けの凡智にて知れぬと云ふ事を示す時は南無不可思議光で南無帰命を離れた佛名はないと云ふ事だけでも、たのみ心のいらぬお助けの如来と云ふ事が明なと云ふ心なり

二一五。南無と云ふは、とやかくと、たくみし桶もたがなくて、水たまらねば月もやどらずと達入せし心なり

二一六。南無と云ふは、かわる心がかわるままで助けて戴きながら又かわらぬやうになりたか知らん、とのぞき、変わらぬやうになるやうに思はるるでいよいよ此心は変わりづめてきまりと云ふものがないと云ふ事、私のそう思はうが思ふまいが事実上動かぬと云ふ事が知れた心なり

二一七。南無と云ふは、御助けの手伝いをやめた心なり

二一八。南無と云ふは、我思ひに増減(ましへし)する用のなくなりた心なり

二一九。南無と云ふは、捨たらぬものを捨てるに及ばなんだ心なり

二二〇。南無と云ふは持つもののなかつた心なり

二二一。南無と云ふは、助かる筈のないものに助かる筈のないと知れた心なり

二二二。南無と云ふは、助かられぬ所に安住出来た心なり

二二三。南無と云ふは、私の心で私の心の始末がつく中は阿弥陀様が昼寝をして御座ると申す心なり

二二四。南無と云ふは、私の心が私の心で始末におへぬ時が阿弥陀様が鉢巻懸けになつて下さる心なり

二二五。南無と云ふは、私の心が始末出来ると思ふて居る時も始末出来なくなつた時も共に始末の出来ぬ代物と知れた心なり

二二六。南無と云ふは、始末出来にゃこそ絶対他力の親ばかりと云ふ本願が出来たと合点された心なり

二二七。南無と云ふは、『始末出来にゃこそ絶対他力の親ばかりと云ふ本願が出来たと云ふ合点』にまで暇を出していよいよ親ばかりと云ふ心なり

二二八。南無と云ふは、佛智の不思議が、不思議のままで明に私に承知出来た心なり

二二九。南無と云ふは、佛智不思議と云ふは、助かられぬものの御助けと合点出来た心なり

二三〇。南無と云ふは、佛智不思議と云ふ事と、私の助かると云ふ事と同一と知れた心なり

二三一。南無と云ふは、佛智不思議ときいて、我にげみちをふさがれた心なり

二三二。南無と云ふは、佛智不思議ときいて、現在一念の妄心に安住する心なり

二三三。南無と云ふは、佛智不思議ときいて、我智恵を捨てた心なり

二三四。南無と云ふは、佛智不思議ときいて、世界の智恵を足下(そくか)に踏みつけた心なり

二三五。南無と云ふは、佛智不思議ときいて、吾世界に勝てり宇宙に対する勝利の凱歌をうたふ心なり

二三六。南無と云ふは、佛智不思議ときいて御助けに小言の云ひやうなき心なり

二三七。南無と云ふは、佛智不思議ときいて助かる条件なしに安心する心なり

二三八。南無と云ふは、落ちるより御助けを知り御助けよりいよいよ明に落ちる事の知れた心なり

二三九。南無と云ふは、助かつたらどうかなると思ふたに助かつて見たら、いよいよどうもなれねと云ふ事が明になつた心なり

二四〇。南無と云ふは、後念相続は一念の信と同じものの相続すると知れた心なり

二四一。南無と云ふは、私には殊勝らしい、佛くさいところの微塵もなくなりた心なり

二四二。南無と云ふは、私は疑ばかりで信などは薬にしたくもない事の明にしれた心なり

二四三。南無と云ふは、私の心へ出たものはすつかりした心も、愚図愚図した心も、共に実のなひ私の思案と知れた心なり

二四四。南無と云ふは、すつかりした心に執しても愚図つく心を嫌ふても御助けの邪魔にはならぬと云ふ心なり

二四五。南無と云ふは、地獄の真上にありながら落ちるより仕方なきまま助かるより仕方なき心なり

二四六。南無と云ふは、ぐらつく筈の信心のぐらつく心なり

二四七。南無と云ふは、私の為の本願ときいて、信ずる世話のいらぬ心なり

二四八。南無と云ふは、親様一人で一切が満足する心なり

二四九。南無と云ふは、唯男女善悪の凡夫をはたらかさぬ本形にて本願の不思議を以て生るべからざるものを生れさせたる心なり

二五〇。南無と云ふは、すなはちこれ阿彌陀佛の衆生を八萬四千の大光明の中に摂取して往還二種の廻向を衆生にあたへまします心なり


 樋口重三氏の南無の釋を拝見したらあまりうれしさに唯無暗に頭が動き筆が走りて、いつの間にか二百五十通の南無が出来たが、南無南無とは云ふものの南無だか加無だかわからぬが、真の南無は助かられぬものを助け玉ふ阿弥陀佛ぞと善知識より承りたるうれしさのままかくなん

明治四十年臘月初旬第五日 昇道識 故樋口重三氏の南無の二字                                        今井昇道  


 私も明治三七年の十月、既に不帰の客と覚悟いたしたれど、不思議にも今に存命させて戴き、慧空大講師を始めとし、香月院香樹院一蓮院師等の御法語を拝見させて戴きました、私は開山の御正意を得させて戴いて居ると思ひながらも、何にせよ永劫にも取りかへしのつかぬ一大事、真に同信の人が欲しくてならぬのであるのに、かかる大講師方が口をそろへて、凡夫の心中に顕はれたものは絶対的に駄目であるとの事、凡夫の役目は吾ならぬわが思に顕はるる以前の、以上の、否不可思議光とて、到底私の思想中に顕はれ、捉はれ、把まれ給はぬ如来に助けていただくだけであつて、私が御助けと思ふまでがいらぬといふ、絶対他力の真趣を聞かせて戴いて、いひ知れぬ感謝に咽ばせていただく事であるが、またまた何たる仕合せにゃ。
 この絶対他力の真趣を尤も簡潔に、尤も要領を得て、言ひ顕はし、言ひ盡せる無名の大菩薩、故樋口重三氏の南無の釋を拝見し得んとは。

 私が今日まで拝見した御法語の中で、これほどまでによくは!と思ふたものは、実にこの二字釋である。聞く所によれば、この方は幼時より求道の心厚く、財産も生命も全くこれに投じて、泉州知名の刀圭家樋口家も氏の死後断絶して終ふたといふ程で、氏は自己の迷惑煩悶せる点を其の都度手記せられたものが、頗る大部になりて居たそうであるが、こんなものを世に示すは人を迷はす所以であるとて、自己の屍と共に焼き捨てるやう遺言せられたそうで、これを火中より取り出して写したとか生前に何人かが密かに写し取つたとかにて残つて居るものがある、そうである。これはまだ、私は拝見致さぬ、がしかしこの南無の釋だけでも、私に取りては何とも云ひやうのない程に有難い、注意の為めに圏点も打ち、註をもして見たが、どれとて有難くないものはない。これらこそ、実に天来の奇想、佛智が文字に顕はれたと申すべきであらうと思はるる事である。独り自ら楽しむに堪えず之を公にする事と致しました。

 心ある人に見せばや津の国の、浪速あたりのほるの景色を、恐らく、これによりて強く共鳴する方もあらうと思はれます。亦かからん事を専心に祈る次第であります。 ******************************************  
筆にまかする南無のこころ、南無南無と今も迷のうきしづみ、のせて渡せる六字とぞきく



一。南無と云ふは、帰(◎)命(◎)と(◎)発(◎)願(◎)廻(◎)向(◎)と(◎)の(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

二。南無と云ふは、弥陀をたのめと申す心なり。

三。南無と云ふは、衆生の後生たすけ給へと申す心なり。

四。南無と云ふは、逃(◎)げ(◎)お(◎)ほ(◎)せ(◎)た(◎)所(◎)へ(◎)そ(◎)れ(◎)そ(◎)こ(◎)に(◎)と(◎)云(◎)はれた(◎◎◎)心(◎)なり(◎◎)。

五。南無と云ふは、本(◎)願(◎)招(◎)喚(◎)の(◎)勅(◎)命(◎)な(◎)り(◎)。

六。南無と云ふは、た(◎)す(◎)け(◎)て(◎)や(◎)ら(◎)う(◎)を(◎)断(◎)り(◎)云(◎)ひ(◎)損(◎)ね(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

七。南無と云ふは、私(◎)は(◎)違(◎)ふ(◎)て(◎)も(◎)如(◎)来(◎)様(◎)が(◎)違(◎)は(◎)せ(◎)給(◎)は(◎)せ(◎)ぬ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

八。南無と云ふは、無量寿如来に帰命したてまつる心なり。

九。南無と云ふは、私(◎)か(◎)ら(◎)皈(たのむ)ん(◎)だ(◎)な(◎)ら(◎)、い(◎)つ(◎)で(◎)も(◎)尻(◎)向(◎)け(◎)て(◎)ご(◎)ざ(◎)る(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。(註、実験の上での至言)

一〇。南無と云ふは、唐辛(とうがらし)の(◎)か(◎)ら(◎)さ(◎)を(◎)唐(◎)辛(◎)で(◎)知(◎)っ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。(註、御助けで御助か知れたこころ)

一一。南無と云ふは、不可思議に南無したてまつる心なり。

一二。南無と云ふは、後(◎)生(◎)助(◎)か(◎)る(◎)と(◎)な(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)、間(◎)に(◎)合(◎)は(◎)な(◎)ん(◎)だ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

一三。南無と云ふは、南無阿彌陀佛と聞得た心なり。

一四。南無と云ふは、御誓にちかわれて何ともない心なり。

一五。南無と云ふは、聴(◎)聞(◎)が(◎)違(◎)ふ(◎)て(◎)今(◎)一(◎)度(◎)聞(◎)直(◎)し(◎)の(◎)出(◎)来(◎)ぬ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。(註、第四と同じ心なり)

一六。南無と云ふは、勅(◎)命(◎)を(◎)私(◎)で(◎)聞(◎)か(◎)ず(◎)、六(◎)字(◎)で(◎)聞(◎)え(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

一七。南無と云ふは、御助けと聞いた蒔絵の模様はげた心なり。(註、御助けと思ふたさへはげて只御助けで事の足った心)

一八。南無と云ふは、法体づのりと云はれて、くつくつ笑ふている心なり。

一九。南無と云ふは、無(◎)慚(◎)無(◎)愧(◎)で(◎)果(◎)て(◎)て(◎)行(◎)く(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。 二〇。南無と云ふは、決(◎)定(◎)し(◎)そ(◎)こ(◎)な(◎)ふ(◎)て(◎)南(◎)無(◎)ば(◎)か(◎)り(◎)て(◎)よ(◎)か(◎)っ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

二一。南無と云ふは、大阪と云ふ名を田舎の我家に居て大阪で聞こえた心なり。

二二。南無と云ふは、聞(◎)い(◎)た(◎)丈(◎)夫(◎)を(◎)捨(◎)さ(◎)せ(◎)ら(◎)れ(◎)て(◎)、捨(◎)給(◎)は(◎)ず(◎)で(◎)よ(◎)か(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り。

二三。南無と云ふは、世(◎)の(◎)人(◎)に(◎)違(◎)ふ(◎)と(◎)い(◎)は(◎)れ(◎)て(◎)言(◎)訳(◎)出(◎)来(◎)ぬ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

二四。南無と云ふは、衆生といふ名を阿彌陀佛にしてあつた心なり。

二五。南無と云ふは、聞けよの御意(おこころ)で往生定められた心なり。

二六。南無と云ふは、自力の心捨てさせ給ふ心なり。

二七。南無と云ふは、世間の法義者に邪義といはれて踊りあがる程うれしい心なり。

二八。南無と云ふは、た(◎)の(◎)め(◎)が(◎)私(◎)の(◎)領(◎)解(◎)で(◎)あ(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

二九。南無と云ふは、聞く心の決定にて往生出来ざりし心なり。

三〇。南無と云ふは、十方衆生とは私のことでありし心なり。

三一。南無と云ふは、御廻向と二つなかつた心なり。

三二。南無と云ふは、往生は佛のお計らひであつた心なり。

三三。南無と云ふは、はいと聞き得た心、私の心でなかつた心なり。

三四。南無と云ふは、まにあはぬものがまにあはぬ心なり。

三五。南無と云ふは、こ(◎)れ(◎)で(◎)よ(◎)い(◎)や(◎)ら(◎)、わ(◎)る(◎)い(◎)や(◎)ら(◎)も(◎)一(◎)度(◎)思(◎)案(◎)の(◎)出(◎)来(◎)ぬ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

三六。南無と云ふは、命(◎)乞(◎)の(◎)裸(◎)参(◎)り(◎)が(◎)頓(◎)死(◎)し(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。 (註、命ほしさに裸体参りをしたものが頓死したやうに信かほしい極楽へ参りたいと思ふたものが落ちる一になりて信は得られぬ事になつた心なり)

三七。南無と云ふは、我(◎)で(◎)聞(◎)い(◎)た(◎)一(◎)念(◎)を(◎)葬(◎)式(◎)し(◎)て(◎)下(◎)さ(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

三八。南無と云ふは、四(◎)十(◎)八(◎)願(◎)御(◎)成(◎)就(◎)で(◎)あ(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

三九。南無と云ふは、や(◎)ら(◎)う(◎)の(◎)御(◎)意(◎)に(◎)下(◎)さ(◎)れ(◎)の(◎)い(◎)ら(◎)な(◎)か(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

四〇。南無と云ふは、疑(◎)は(◎)な(◎)い(◎)と(◎)な(◎)ら(◎)れ(◎)な(◎)ん(◎)だ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

四一。南無と云ふは、まかせ奉る心もととなうた心なり。

四二。南無と云ふは、佛智に口説れた心なり。

四三。南無と云ふは、御助けとなつた決定、打死した心なり。

四四。南無と云ふは、た(◎)す(◎)け(◎)舟(◎)と(◎)聞(◎)い(◎)て(◎)乗(◎)る(◎)世(◎)話(◎)の(◎)い(◎)ら(◎)な(◎)ん(◎)だ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

四五。南無と云ふは、聞けよを、聞いてと思ふ隙のなかつた心なり。

四六。南無と云ふは、歸む心へ我の心がはいらなんだ心なり。

四七。南無と云ふは、光明と名号に知れた心なり。

四八。南無と云ふは、より後生におどろかざる心なり。

四九。南無と云ふは、佛智の真実がほんまになつた心なり。

五〇。南無と云ふは、す(◎)た(◎)ら(◎)ぬ(◎)も(◎)の(◎)を(◎)捨(◎)る(◎)に(◎)及ばなんだ心なり。(註、有難いな有難いなこんな有難い事はない)

五一。南無と云ふは、六道の迷ひ皆光明にしてあつた心なり。

五二。南無と云ふは、不退転と開信して油断していられぬ心なり。(御尤御尤、ここらが違つたといはれて言訳の出来ぬ所だ)

五三。南無と云ふは、聞えた心を後生の用にするに及ばなんだ心なり。(これだで一心一向ぢゃないか)

五四。南無と云ふは、生(◎)れ(◎)つ(◎)き(◎)目(◎)の(◎)な(◎)い(◎)も(◎)の(◎)が(◎)盲(◎)に(◎)な(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

五五。南無と云ふは、六字の心で南無の二字を知らされた心なり。

五六。南無と云ふは、無い聲の聞こえた心なり。(註、禅ならば、雙手の聲だ)

五七。南無と云ふは、御助けと聞いた決定往生につかわれぬ心なり。

五八。南無と云ふは、南無阿弥陀佛が南無阿彌陀佛になつて下された心なり。

五九。南無と云ふは、無(◎)明(◎)の(◎)本(◎)復(◎)見(◎)え(◎)ぬ(◎)様(◎)に(◎)な(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

六〇。南無と云ふは、盲目(めくら)が荷車の鑑札あげた心なり。(註、盲車のくせに荷車ひいて口過ぎをしやうとやつて見たがやりきれなくて鑑札返納したと云ふ心)

六一。南無と云ふは、六字が往生手離れてあつた心なり。

六二。南無と云ふは、歸めの仰せにはいの返事の添はなんだ心なり。(註、まことに、はいが云ひたくて!)

六三。南無と云ふは、如(◎)来(◎)様(◎)と(◎)云(◎)ふ(◎)名(◎)ば(◎)か(◎)り(◎)で(◎)よ(◎)か(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

六四。南無と云ふは、領(▲)解(▲)の(▲)心(▲)と(▲)、わ(▲)が(▲)心(▲)と(▲)二(▲)つ(▲)あ(▲)つ(▲)た(▲)心(▲)な(▲)り(▲)。

六五。南無と云ふは、聲(◎)が(◎)立(◎)聞(◎)し(◎)て(◎)あ(◎)か(◎)な(◎)ん(◎)だ(◎)と(◎)聞(◎)こ(◎)え(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。(註、面白き事を云ふ爺かな)

六六。南無と云ふは、聞いたになつては、いられぬ心なり。(註。五二と同意)

六七。南無と云ふは、聴聞の化粧部屋、津波にあつた心なり。(註、会心会心)

六八。南無と云ふは、聞いた南無が間違いで先の南無でよかつた心なり。(註、六七と云ひ今の釋と云ひ何とも申されやうのなき有難きお聞かせなり)

六九。南無と云ふは、迷子の我家送られてから起つた心なり。

七〇。南無と云ふは、聞けよとのなかに聞くがあつたを知らされた心なり。

七一。南無と云ふは、捨(す)たるものが捨(す)たつた心なり。

七二。南無と云ふは、自力の心を捨てて聞くのぢゃなかつた心なり。(註、御同感御同感有難や有難や)

七三。南無と云ふは、躄(いざり)の飛脚が脚絆ぬがされた心なり。(註、役に立ちもせぬものを一生懸命大事大事とやつていた躄の脚絆とられたやうなもの)

七四。南無と云ふは、煙(◎)に(◎)な(◎)る(◎)ほ(◎)う(◎)を(◎)丈(◎)夫(◎)に(◎)し(◎)て(◎)い(◎)た(◎)お(◎)か(◎)し(◎)さ(◎)を(◎)云(◎)ふ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。(註、凡夫の心中に顕れたものは皆煙なるもの此世かぎりのもの)

七五。南無と云ふは、南無の中に阿彌陀佛のましましたる心なり。

七六。南無と云ふは、聞き開かるる様にしてあつた心なり。

七七。南無と云ふは、安う聞きえて難き事を知らざる心なり。(御尤、易往無人の浄心はここでなければ解らぬ)

七八。南無と云ふは、二重の御誓が頂く一つになつた心なり。

七九。南無と云ふは、那須野が原で石こわされた心なり。(註、自力心の根底より打こわされた心を玄翁和尚が九尾の狐の石にまで化けた奴を又打ちくだいたにたとえたもの)

八〇。南無と云ふは、捨てても捨ててもついてうせた乞食が行方知れぬ心なり。

八一。南無と云ふは、助けてやらうに屈託の無くなつた心なり。

八二。南無と云ふは、死んでから遂げる往生でなかつた心なり。

八三。南無と云ふは、聞けと聞くと二つなかつた心なり。

八四。南無と云ふは、かはる心で聞いていたあぶなさを申す心なり。(註、御同感)

八五。南無と云ふは、無碍光の御心人の言(ことば)に成って下された心なり。

八六。南無と云ふは、往生の一段に碍(さわ)りの抜けた心なり。

八七。南無と云ふは、往(◎)還(◎)二(◎)種(◎)の(◎)回(◎)向(◎)い(◎)ま(◎)こ(◎)こ(◎)に(◎)有(◎)つ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

八八。南無と云ふは、御助は佛智の方に成つた心なり。(註、楽だなあ)

八九。南無と云ふは、西岸上(さいがんじょう)に佛あつてじゃない、人あつてでよかつた心なり。(註、八五と同じ心、善知識の言即ち如来の勅命)

九〇。南無と云ふは、有無をはなれた心なり。

九一。南無と云ふは、たすかる筈のないものへ助かられぬと聞こえた心なり。

九二。南無と云ふは、聞(◎)い(◎)た(◎)合(◎)点(◎)を(◎)骨(◎)上(◎)に(◎)せ(◎)ら(◎)れ(◎)た(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。

九三。南無と云ふは、六字が六字になつて下された事を六字で聞いた心なり。

九四。南無と云ふは、聞こえた心の外に往生満足であつた心なり。(註、有難い有難い)

九五。南無と云ふは、箸の上げ下げまで御恩の御力であつた心なり。

九六。南無と云ふは、かような筆を執るも佛法の御用であつた心なり。

九七。南無と云ふは、宿善開発して善知識にあはさるる心なり。

九八。南無と云ふは、領解にもの云つて貰つて、我の云ふ世話のいらぬ心なり。

九九。南無と云ふは、他門他宗の人々に申されぬ心なり。(註、他門他宗とは御当流の人の事を申されたるか)

一〇〇。南無と云ふは、有(◎)て(◎)も(◎)有(◎)て(◎)も(◎)金(◎)ほ(◎)し(◎)い(◎)心(◎)の(◎)と(◎)ま(◎)ら(◎)ぬ(◎)心(◎)な(◎)り(◎)。(註、いつも初音の心地こそすれ、仰せばかりはあかぬ心)

一〇一。南無と云ふは、寝覚めにも痰(たん)嚢(のう)あまりて出づる心なり。(註、足納(たんのう)と痰(たん)嚢(のう)とをかけたもの)

一〇二。南無と云ふは、此百種あまりある中でいづれか一種でよかつた心なり。

一〇三。南無と云ふは、嬉しい中に機(き)済(ず)まぬ主(ぬし)、墓(の)布(ぶ)施(せ)に成つた心なり。(註、和泉地方では葬式の翌日、穢多に米と銭若干とを送る、これを墓布施といふ。嬉しい心の奥にどこやら機ずみのせぬといふ心の主が死んで墓布施になつたが南無の二字だと申す心なり)

一〇四。南無と云ふは、臨終来迎にまよふ心の抜けた心なり。

一〇五。南無と云ふは、我(わが)出(で)立(たち)飯(めし)を楽しく頂く心なり。

一〇六。南無と云ふは、うかむにまかせて執筆(とるふで)の儘法になつて下さつた心なり。

一〇七。南無と云ふは、人間で申されぬ念佛で有つたと知り切れた心なり。

一〇八。南無と云ふは、頼んだ覚えのない後生が調ふた心なり。

一〇九。南無と云ふは、口に佛法を申せば、意(こころ)は法になる人の心なり。

一一〇。南無と云ふは、我口にあらはれたる法に、我あはさるる心なり。(註、自分で云ふてさへ有難いものの人から聞けばなほ有難い)

一一一。南無と云ふは、聞こえた心往生の用にさだめられなんだ心なり。

一一二。南無と云ふは、樋口重三を助けると仰せらるる心なり。



右南無と云ふ二字の御こころ百十二種に及ぶと雖も浮むにまかせて、とる筆の盡きざれども、書く人の根機拙くして止みぬ。

明治十八年一二月二日病中                      樋口重三

明治四十一年十一月二十四日 印刷 同年 十一月二十八日 発行 著作者 今井昇道
 

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