盛んなるかな台湾佛教

中国仏教を確かめに 2006年8月25から29日まで、台湾への旅を思いつき、甥と2人で丸3日滞在した。その間、仏光山寺に一泊し、中台禅寺にも参拝した。それによって現代の中国仏教の姿をほんのわずかであるがかいま見たのである。台北駅から高雄駅に行き、駅前からバスで一時間20で仏光山に着いた。今度の旅はこのお寺へのお参りが主な目的であった。
というのは、1970年の頃までは、「インドで仏教は滅んだ。中国も仏教は滅びかけている」と聞かされてきた。その後、十年あまりして、知友の西村正淳師から「台湾の仏光山に行ったらその活発なことに驚いた」という話を聞いたり、この前の台湾大地震の時に台湾の仏教徒が活発にボランティア活動をしていることをテレビで見、またシンガポールの市場にあるCD店の店先に、中国仏教関係のCDがたくさん並んでいたので、若い頃の「中国仏教は滅んだに等しい」というイメージとは違うものを感じ、それを確かめたかったからである。
仏光山に泊まって26日午後二時ごろ仏光山寺に着いた。幸い寺内の「朝山会館」に泊まることができた。食事はすべて精進食であった。食後、寺内を散策。30万坪の広大な敷地に本堂にあたる大雄宝殿、本山機能としての事務所、研修会館、出家者の僧房と仏教学院、図書館、仏教文化の展示館、参詣者の宿泊施設、納骨堂などが完備している。華麗で明るくしかも娯楽性まで兼ね備えている。規模では世界最大級の寺院といっても過言ではなかろう。
これらの構造物の規模は大きく、仏教文化や仏教美術の展示が豪華であって、仏教史などの説明はビジュアルに見て理解できるような配慮がなされている。中には子供向けの〈浄土窟〉というのがあり、様々な仏菩薩や観経の浄土の光景が今日の電子技術を応用して表現している。ただ日本人の美的感覚とは違うのでちょっとついていけないものがある。しかし一般民衆に仏教を理解させようとする強い情熱が伝わってくる。
同じ大乗仏教でありながら檀家制度をもたない台湾の寺院でこれほどの財力をいったいどこから得るのであろうかが何度も頭をかすめる。それと特筆すべきはこのような巨大で華やかな寺院が、決して日本のいわゆる新興宗教でもなく、正当な中国仏教の寺院であること。それゆえここの仏教学院では原始仏教・中観・唯識・律、天台・華厳・禅・浄土といった中国仏教の特徴である総合仏教の学習と禅浄双修の修行が行われている。

夜7時から晩課(夕事)が始まる。列をなして比丘、比丘尼、沙弥、沙弥尼・優婆塞・優婆夷の順に大雄宝殿(本堂)に入る。優婆夷でも熱心な女性は黒い法服のような物を着している。そのほかの者は俗服であり、私はむろん俗服で参加。女性が圧倒的に多い。しかも比丘尼・沙弥尼の年令は30才から40才ぐらいまでの女性がほとんどであった。なお沙弥・沙弥尼は20才までという限定はなく、比丘・比丘尼への見習い期間の者をいうようである。
こうして堂内は総勢300人ほどとなる。正面の祭壇には巨大な三尊(釈迦仏・弥陀仏・薬師仏)が安座なさっている。四方の壁には万をこえる小さな仏像がはめ込まれている。大きく明るく華やかで日本の寺院とは好対照である。
一同が仏前に横ならびに列をなして立ち、鳴り物の合図に従って中国式に五体投地の礼拝を幾度も行う。読経の時は、列が真ん中で互いに向き合って行う。あらかじめわたされた勤行本に従って誦経する。経は鳩摩羅什訳の阿弥陀経であるが、発音が違うのでついていくのがやっとだった。中国語発音での阿弥陀経は響きがより美しく感じられる。読経のリズムや抑揚は宗教的な感情を高め、気分的に高揚せざるを得ない。
読経が終わり、一列になって、本堂を出て、前の広い庭に下りてゆく。そして庭を念仏を称えながら行道するのである。夜の闇にイルミネーションで飾り付けられた巨大な大雄宝殿が浮かぶ。
南無阿弥陀仏を「ナモオミトーファ」と発音し、ゆっくりとしたやわらかな節をつけて全員が唱え続ける。音楽的感性にもうったえるものがあるのでやや恍惚とした感じになる。再び本堂に帰って礼拝し、約一時間の勤行が終わる。翌朝の朝課(朝事)は五時からで、これにも参加した。総勢は500人ほどで在家の者は100人ほど、あとは出家者または出家見習いである。
しかも三分の二は女性である。勤行は般若心経と偈文である。30分ほどで勤行は終わり、列をなして食堂に向かう。非常に広い食堂で、長机がならぶ。二組に分かれて対面した形でイスに座る。当番の僧侶が食事を配り、私たちには食事の勤行の印刷物が配られた。導師の比丘が正面上座に座って発声し、食前の経文を全員で唱えて食事が始まる。内容はニンジンと菜っ葉の炊いたもの一皿、豆乳、それに万頭(まんとう)である。万頭はまり状にふかしただけのもので結構堅い。
それをアルミ箸でちぎって食するのである。厳粛、静粛に食される。まったくの精進料理である。

現在台湾で仏教が盛んになっている一つの要因はこの精進料理にあるといわれる。現代の台湾でも健康志向が強く、仏教のすすめる食生活(精進料理)がそのまま健康食のすすめに通じるので、これが結構民衆に支持されていているとのことである。 仏光山の活動内容と中台禅寺  仏光山寺はいわば本山で、台湾各地に100以上の支部、また海外にも100の支部を設けている。
その活動は文化活動、教育活動、慈善活動、専門修行の四つに分類されている。文化活動は仏光大蔵経、仏光仏教大辞典、高僧伝集、仏教漫画全集などの多くの出版物、仏教法話や仏教音楽のCDやDVDを多数制作し普及させている。
またテレビやラジオなどの放送メディアを積極的に利用している。仏教教育では十二の仏教学院を持っている。仏教学院は台湾以外のマレーシア、インド、オーストラリア、アフリカなどにもある。社会教育では幼稚園から小中学、大学がある。大学は台湾内に仏光大学、南華大学があり、アメリカに西来大学、オーストラリアに南天大学という仏教系総合大学を有する。その他、少林寺拳法・生花、パソコンなどのさまざまな社会教育活動の講座を各地に持っている。また、慈善活動は孤児の養育、身寄りのないお年寄りの養生などで、600人収容の老人養護施設がある。
仏光山寺は当然出家者の修行の専門道場でもあるが、同時に信徒の研修の場でもある。各地の支院では各種の法要、座禅、念仏、誦経を修め、善根を積み、法話を聞いて智慧を体得することを目標にしている。

8月27日仏光山寺を後にして、埔里(ほり)市に泊まる。翌朝、中台禅寺に参拝。臨済宗である。ここは寺の建造物が並の物ではない。36階建ての巨大な現代建物で、「200二年台湾建築賞」を受賞している。夜はライトアップされる。本堂の中に入ると大きな仏陀や達磨大師の座像が置かれている。
この寺は禅修行の専門道場でありまた仏教学院がある。となりに小中学校が併設され病院もある。支院は国内84ヵ所、海外に8ヵ所を有していて、出家者は1300人ほどである。 慈済功徳会  以上、ほんの一部だけを見た台湾仏教の姿であるが、他の情報を手がかりにもう少し述べると、仏光山や中台禅寺のほか法鼓山と慈済功徳会の併せて四つが現代の台湾仏教の中で目立った活動をしている。

法鼓山は現在台北市の北、金山に大きな世界仏教園区を形成しつつあり、仏教研究所、仏教大学、図書館、座禅道場など、主に学術的な仏教教育に力を入れているとのことである。
また花蓮の慈済会は、證厳法師という比丘尼をリーダーとするグループで、最初五人の比丘尼と30人の主婦で始めた仏教活動である。その活動の活発さは、最近日本で出版された『驚異の仏教ボランティア』に詳しい。慈済会の特徴は「仏法生活化・菩薩人間化」という仏教理念にもとづく仏教福祉活動である。現在、国内外に400万人の会員を有し、海外31カ国に支部がある。世界最大の仏教NPOとなっている。證厳法師はマグサイサイ賞を受賞している。

慈済功徳会は、最初は貧困者の生活支援から始まり、医療対策として花蓮に近代的な総合病院を建設し、その後、他の病院の創設、無医村の無料巡回診療、災害への救援活動などを行ってきた。台湾大地震ではのべ二万人のボランティアを派遣、また今度のインドネシア沖地震では、決壊した河川の整備や村落の復興のために五階建ての集合住宅55棟、小学校や中学校、無料の医療施設、老人ホーム、そしてイスラム教の礼拝施設まで建設している。
これまで宗教の社会福祉といえばキリスト教に比して仏教は微々たるものであり、それゆえキリスト教の学者はしばしば「仏教は道理は深い、しかし積極的な社会倫理は仏教からは出てこない」という批判がなされてきた。しかし、この慈済会の活動は仏教においても活発な社会活動が生まれ得ることを示している。 放送メディアでの布教  今度の旅行の間にテレビで見た数十あるチャンネルの中で三つほどは仏教系チャンネルであった。慈済会のTVでは夜八時頃、證厳法師が出演し環境問題を取り上げての法話が流され、福祉活動の事例がドラマ化されて放映されていた。
また慈済会の医師四人が電話で医療相談(無料)を受けていた。また違う仏教チャンネルでは浄空法師という比丘が華厳経の経文にそった詳しい講義を行っていた。浄空法師は「視聴覚による布教」を積極的に進めているとのこと。法華経、金剛経、楞伽経、浄土経典など多数の経論の講義を三千数百巻のCDやDVDに記録し、TVなどで放送し続けているし、著作も数千冊にのぼるという。そしてそれらを海外各地に配布している。

8月28日帰国前夜、台北駅の近くの大きな本屋によってみた。書棚の三列ほどは仏教書でうまり、相当高度な仏教書も多く並んでいた。 今日の台湾仏教  台湾の人口は約2270万人であるが、そのうち仏教徒は現在ほぼ985万人で、1983年の統計では仏教徒は485万人であるから、この20年間で倍ほどに増加している。統計というものがあまり当てにならないとしても、かなりの勢いで伸びていることはまちがいなかろう。なお2001年に釈尊降誕日の4月8日が台湾では祝日になった。
台湾仏教が盛んになってきたのはほんの20年ほど前からといわれる。これらの仏教活動を推し進めてきた中心的な僧侶は、星雲法師(仏光山)、惟覚法師(中台禅寺)、聖厳法師(法鼓山)、證厳法師(慈済会)などで、戦後中国の社会主義革命化によって、台湾に渡ってきた僧侶(証厳法師は台湾出身)である。彼らは近代中国の高僧・大虚法師の法流である。大虚法師は近代中国仏教におけるもっとも影響力のあった人物で、戒律の遵守、教学の推進、禅修行を重んじ、社会改革にも大きな関心を寄せた方である。その直弟子に印順法師という高僧が出て、彼が台湾に渡って活動した。
大虚・印順法師の仏教は総合仏教であり、その影響を受けたのが先の四名の僧侶で、その中、仏教学・仏教教育の充実に重きをおいているのが聖厳法師、仏教文化活動に重点をおくのが星雲法師、社会活動に重心をおくのが証厳法師であり、惟覚法師は主に禅の修行に力をそそいでいるといわれている。そしてその仏教は、迷信や邪信に惑わされず、死者のための仏教ではなく、生きた人間のための「人間仏教」というのが共通のスローガンとされている。

また台湾では現在三万人ほどの僧尼がいるが、台湾仏教は比丘尼でもっているといわれているほどで、比丘の三倍といるといわれている。尼僧といえば、一時代昔は学問もなく、社会から逃げてきたような人たちが主であったが、今日では大学出も多く、自発的に女性の活動の場を求めて尼僧になる人が後を絶たないという。
仏光山では毎年100人ほどが尼僧さんになると言われている。そんな中で近年、〈中台禅寺事件〉というのがあったとのこと。それは女子大生150人が仏教の研修に参加してそのまま親に相談無しに中台禅寺で出家したというので社会問題となったのであるが、日本仏教の現実から見るとうらやましいほどのことに映る。そして東南アジアの子女が台湾で出家する。たとえばタイやスリランカで出家しようとしても、比丘尼になることはできない。それで出家希望の女性は台湾に出家の場を求めるのである。
台湾での尼僧さんの社会的活動の場は広くそのステータスは一般の女性の位置よりも高いといわれている。 台湾仏教に期待  栄枯盛衰は世の常であるからこうした勢いはどこまで続くかわからないが、台湾仏教の力はタイやシンガポールやマレーシアなどの東南アジアの華人社会にもインパクトを与え、ひいてはオーストラリアやアメリカなどにも影響を及ぼしつつある。それが将来、中国本土での中国仏教の復興につながることを彼らは念願している。
わずかな経験と知識で台湾仏教のことを言うのはおこがましいが、「中国仏教は台湾で活況を呈してきている」という感銘を受けたのは事実である。これは今後、日本仏教への良き刺激ともなろう。さらなる発展を期待したい。

(了)

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